#49 ハードラック
ネルフ発令所。
「いわし作戦」も、発動まで後僅かを残すのみ。命がけの戦いを前にした、独特の緊張感に満ちあふれている……はずだった。
その発令所の、普段ならば葛城ミサトが立っているはずの場所に、当たり前の顔をして加賀ユウキが立っていた。
自称、作戦部長代理補佐心得見習い(仮)。
実際はネルフ非所属であり、本来ならば、何の発言権も持っていない。発令所にいることすら、特例。見事なまでに、何の権限も持ち合わせていない無関係な民間人。そのはずだった。
しかし、現実、今回の作戦を仕切るのは彼女である。
そのユウキに、ちら、ちらと、非常に戸惑った顔で日向マコトが視線を送る。
本人は、ばれないように細心に。しかし、ユウキの立ち位置が日向の真後ろであるため、体ごと振り向かねばそちらを見ることが出来ず……結果、誰の目にも、日向がユウキを気にしていることはばればれだった。
「マコト。ユウキさんの格好が素敵なのは確かに俺も解る。しかし、作戦前だ。もう少し、落ち着け」
窘めたのは、オペレーター仲間の青葉シゲルである。
そちらを愕然とした表情で、日向は眺めた。そして、何処までも青葉が真面目に言っていることに気が付き、更に愕然とする。
「そうだよ。日向君。今は、作戦に集中しなくちゃ」
めっ。と言う感じで、同じくオペレーターの伊吹マヤまでにも窘められる。
日向は、助けを求めるように、周囲に視線を巡らせた。
一段上のゲンドウ──普段もそうだと言えばそうなのだが、今回は常以上、あまりにあまりなほど不機嫌な様子で、慌てて顔を逸らす。下手に視線を合わせたら、噛みつかれそうだ。
同じく冬月──恥をかかせおって。頭痛を堪えるかのような、そんな顔。下手に関わったら、延々と小言を聞かされそうだ。
ユウキと並んで立つ、赤木リツコ。──妙なまでに緊張していて、こちらの様子が目に入っているか。そうでなくとも、普段着代わりに白衣を常に身につけているような人間。役に立たないかも知れない。
「いやあ、ユウキさん、今日の格好は常にまして、素敵っすね!」
「そっちの格好の方が、格好良くて良いなあ」
気楽な声で、青葉、伊吹マヤがユウキに話しかける。作戦に集中しろ、自分たちで言っておいて、それは棚上げしたらしい。非常に気楽な口調だ。
日向は、二人の感性に恐れを感じていた。いや、青葉はユウキの配下である。だから、おべっかという可能性もあるが、もう一人、マヤの方は……。
もしかしたら、天然ではないか。そんな疑惑をこれまでも抱かないでもなかったが、まさしく、その通りかも知れないと恐れる。
ユウキの普段着は、柔らかい配色の、ゆったりとした恰好が多い。それだって、発令所の雰囲気には似合わないのだが、今回はそれ以上。ある意味、これ以上になく似合っており、これ以上なく違和感を醸し出していた。
ユウキの着ている服。
それは、未だに根強いファンを持つ、第二次大戦中のどこぞの第3帝國風の軍服だった。正確にその恰好というわけではなく、アレンジされているのか、微妙に違いが見える。その最たるモノは、長い黒皮のブーツが何故かピンヒールであることと、手にはいかにもな鞭まで持っている事。
どこか春風のような柔らかな雰囲気を持つおっとりしたユウキの顔立ちに、さほど似合わないような印象がある恰好。だが、女は化ける、とでも言う古くさい格言は正しいのか、恰好に合わせて、きりりとした顔をすると、それなりに似合って見えるから不思議である。
「なんか、この制服って、今ひとつなんですよね」
マヤが、自身のネルフ制服を見下ろし、ため息を零す。
柔らかいクリーム色のネルフ制服。現在ユウキの着込んでいるような、精悍、などの印象は皆無の恰好である。
「折角、準軍事的な組織なんだから、そういう恰好もしてみたいのに」
準軍事的な組織とは言え、前身の研究所時代を引きずっているせいか、ネルフの制服は一般的な軍隊調の恰好ではない。どこか、特撮巨大ヒーローモノの戦隊の恰好のような印象がある。
マヤは羨ましそうに、ユウキを眺める。
ユウキは、その視線を受けて、にっこりと微笑んだ。
「よろしければ、後で着てみますか?」
「え、ホント?」
マヤは嬉しそうにユウキを見る。
「ええ、構いませんよ。──お望みでしたらナース、警察、スッチー、その他、全国有名どころの学校の制服なども、「お店」に行けば、いくらでもありますし」
「制服かあ。……まだ、通用するかな?」
まんざらでもない表情でマヤ。
「マヤさんでしたら、ばっちりです」
ユウキが、にこりと笑って請け負う。
確かに、童顔のマヤは、未だ高校生でも通用しそうである。
そんな会話を聞きながら、日向は冷や汗を流していた。
(マヤちゃん、辞めとけ!)
心の中で、叫んでいる。
お店。
それが、どの種の店であるか。
自身は一度も足を運んだことはないとはいえ、知識くらいは持っている。想像は付く。
そして、そこへのこのこ出かけていったら……
飛んで火にいる夏の虫。
そんな言葉が、日向の脳裏に浮かんだ。
それを口に出すべきか。
日向は迷う。
口に出したら最後、自分もやばいことになるのではないか。
そんな不安があり、喉元まで出かかっているのに、それ以上は進まない。
葛藤する日向。
そこへ、青葉が口を開いた。
「作戦開始まで、後5分となりました」
「了解」
ユウキが、顔を引き締める。
それにあわせ、マヤの方も、正面に向き直る。
「戦自、陽電子自走砲、零号機、初号機、それぞれの様子は?」
うって代わったりりしい声で、ユウキが問う。きっちりと、頭を切り換えている。……それでも、ユウキらしい、どこか柔らかな雰囲気はなくなっていないが。
『こちら、戦自。準備、出来ています』
『陽電子自走砲、順調に準備は進んでいます』
『……零号機、問題なし』
『初号機、大丈夫だよ』
それぞれが、返事をしてくる。
ユウキは、ゆっくり頷いた。
「それでは、5分後、午前0時ジャストを持って、いわし作戦を決行します。各自、奮闘を」
『了解』
第5使徒との戦闘が、開始される。
「いわし作戦、開始!」
ジャストのタイミングで、ユウキが号令する。
号令にあわせ、最初に攻撃を開始したのは、第3新東京市の外、山の向こうに配置されていた戦自である。
第5使徒の攻撃は、加粒子砲。それは、直線の攻撃で、遮蔽物の向こうのモノを迂回して攻撃は出来ない。つまり、山越の攻撃が出来ないため、現在の配置となっている。無駄な人的被害は出すべきではないのだ。
命令に従い、山越の砲撃が始まる。
榴弾砲、ミサイルが、山なりの軌道を持って、第5使徒に降り注ぐ。
反撃を期待していたのだが、第5使徒は沈黙を守る。加粒子砲で反撃したところで、いくつもの榴弾、ミサイルの全てを破壊することは不可能。守備を固めるつもりか、ATフィールドを強化する。
元々、この攻撃で使徒が破壊されることを期待されていたわけではない。
ある意味、予定通りの使徒の反応。
ミサイルが、榴弾が、使徒の展開したATフィールド表面、あるいは、使徒の近場に着弾して、爆発する。
しかし、その爆発は小規模。代わりに、細かいアルミ片などの攪乱物質、チャフをまき散らす。更に、新たな攻撃が、雨霰と使徒に降り注いでいる。
「陽電子自走砲は?」
『充填完了まで、後少し』
打てば響くような、即座の反応。
これからが本命の攻撃である。
日本全国から徴収した大電力が、陽電子自走砲にそそぎ込まれていく。鈴なりに並ぶ、急造で作られたり、寄せ集められたりした電圧車、変圧器が鈍い音を立てて稼働する。冷却器のタービンが、独特の低いうなりをあげる。
流石に、これだけの大規模なモノとなると、一瞬で充填完了とはならない。幾つかの階梯を経て、少しずつだ。元々、この様な大電力の使用は、想定されていない。何とか使用可能。そう言うレベルのモノに、無理をさせているのだ。無茶は出来ない。
「初号機、零号機発進位置へ。射出タイミングは、青葉さんに任せます。タイミングを見誤らないようにお願いします」
「了解ッス。任せておいて下さい!」
「陽電子砲、撃鉄起こして下さい!」
『解りました』
通信から、陽電子自走砲の責任者である、時田ゴロウの声。彼らは、陽電子砲からいくらか離れた場所で、その操作を請け負っている。元々、この陽電子自走砲の開発者達。下手にネルフの人員が手を出すよりはと、彼らに任せられている。餅は餅屋である。
モニターに映し出されていた「空」、「安」の文字が、「実装」、「火」に変わる。
射撃体制は整った。
「全エネルギー、陽電子自走砲へ!」
ユウキの命令。
「EVA、各パイロットに通達、発進のタイミングはこちらで計ります。まずは零号機、次いで初号機の順番。いちいち確認を取る余裕はありませんので、そのつもりで準備をしておいて下さい! 砲撃の方は、陽電子自走砲の発射と同時に一時停止して下さい」
『……了解』
『任せるよ』
『了解、陽電子自走砲発射と同時に、一時待機に移る』
パイロットからの返事が返ってくる。淡々とした口調のレイ、どこか呑気なシンジ。更には、戦自からの返答。
その時、これまでATフィールドを展開したモノの、沈黙を守っていた使徒のスリット部分に光が走る。
「目標に高エネルギー反応!」
マヤがすかさず叫ぶように報告する。
「気付かれた……やっぱり、チャフは通用しない?」
口元に手をおいたユウキが、小さく呟く。
「陽電子自走砲、発射態勢整いました!」
どうしますか?
振り向き、日向が尋ねてくる。
「構いません。発射!」
ユウキの命令。
青葉は、モニターの使徒に注目する。
使徒が加粒子砲を発射した瞬間。それが、発進のタイミング。次弾を放つ前に地上到達。そして、接近戦に持ち込めれば──。その為、射出口は、使徒の至近、陽電子自走砲の斜線からずらした位置を選んである。これまでの測定結果では、充分に次弾を放つ前に、接近することが可能と出ている。兎に角、接近戦に。
それが出来れば、こちらの勝利。
青葉は、そう考えている。
戦自の山越の攻撃を中断させたのは、下手をすれば、EVAにも当たるためだ。
『陽電子自走砲、発射!』
通信越しの時田ゴロウの号令は、どこか芝居がかっている様にも聞こえた。自身が開発してきた陽電子自走砲、その発射と言うことで、精神的に高揚しているのだろう。
時田の号令にあわせ、陽電子自走砲の銃口から、閃光が迸る。
そして、計ったように同時に、第5使徒の加粒子砲も発射される。
「零号機、発進!」
その瞬間、青葉が号令を下す。
タイミングを計っていたEVA、まずは零号機がリニアで打ち出される。
地上では、陽電子砲と加粒子砲の二つの斜線が、お互いへ向けて延びていく。
まっすぐに目標を目指す、二つの光の矢。
そして──
すれ違おうとした瞬間、互いに干渉しあい、その進路を大きく変える。
元々、地球の自転やら磁場やらの影響を受ける陽電子である。同時発射の場合、どうなるかのシミュレーションはなされている。陽電子と加粒子が互いに干渉しあい、その進路を変え、命中がおぼつかなくなることは既に指摘されている。
「初号機、発進!」
今回の零号機の発進よりも、幾分タイミングを早め、青葉が命令する。
使徒が次弾、何処を狙うか。
陽電子自走砲の次弾は間に合わない。脅威度で言えば、EVAの方が高い。だから、EVAを狙ってくるだろう。
しかし、おおむね左右に分かれた二体のEVA、そのどちらを狙っても、もう一方が接近して殲滅する。そう言う手順。零号機と初号機、その二択を、より零号機の側を選ばせるように、零号機を先に発進させている。その選択理由は、起動成功したばかりでフィードバック誤差などの問題がある零号機と、これまで二体の使徒を殲滅した初号機との、信頼性、重要度の差である。
これまでは、予定通りに事態は進んでいた。
陽電子自走砲の第一射が外れること。
これは、作戦に織り込み済みである。無論、命中、殲滅がベストであるが、そうは上手く行かないであろうとの心の備えが出来ていた。だから、誰も狼狽えない。
作戦は第二段階に進む。そして、更にそれが駄目であれば、第3、第4に。
巫山戯た名前ではあるが、いわし作戦、畳みかける事が、この作戦の主旨だ。
だから、誰も狼狽えない。
狼狽えていなかった。
──ここまでは。
陽電子砲、加粒子砲、その両方とも、ターゲットを大きくそれて、着弾する。洒落にならない破壊力が、大地を揺るがす。巨大な光の柱が夜空に映える。流石に、ジオフロントに存在するネルフ本部棟、発令所では些細なモノだが、地上に指揮車を置いて操作をしていた陽電子自走砲の戦自研班には洒落にならない震動になったらしい。通信機越しに、悲鳴が聞こえてくる。
そんな最中に、零号機は地上に到達している。
「ロック解除」
「しています!」
すかさず、発射台に固定していた拘束具が外され、零号機が解き放たれる。
零号機、綾波レイは、定められていた作戦に従い、一気に零号機を使徒に向けて走り出させる。
零号機は、今回、巨大な盾を装備していた。殲滅よりも的になる。零号機の目的が解り易い装備である。この盾は、SSTOの底部を流用した、まさしく急造仕立て。とは言え、それでも17秒ほどは、使徒の攻撃に耐える計算となっている。それだけの時間を稼げれば、充分に初号機が使徒に接近可能だろう。的、とは言え、綾波レイを死ぬような目に合わせるつもりはないのだ。
ここまでは、予定通り。
「──!」
しかし、日向マコトが、声なき悲鳴を上げた。
同時に、レッドアラームが発令所に響き渡る。
「陽電子自走砲の着弾地点、初号機の射出予定地点です!」
「え?」
鳩豆面で、ユウキが戸惑いの声をあげる。
よりにもよって、初号機を打ち出すはずの場所に、陽電子砲が命中する。他に当たる場所はいくらでも存在するのに、見事なまでの不運である。
「初号機、緊急停止!」
しかも、初号機は既に発射されている。現在、リニアレールによって、地上へと猛スピードで突き進んでいる。
「駄目です、間に合いません!」
モニターに映し出された射出口は、見事に融解していた。目標を外したとは言え、ATフィールドを貫くに足る大破壊力を持った陽電子の一撃。持ちこたえられるわけがない。
どころか、その脇にあった兵装ビルが根本を熱で溶かされ、傾き、発令所の人間の視線の先で、蓋をするように射出口の上に倒壊した。
よりにもよっての不運の連続である。
「シンちゃん、耐ショック!」
ユウキは、なりふり構わない声で叫ぶ。
それに僅かに遅れ、何かの衝突音が聞こえてきた。モニターに映し出されていた倒壊したビル。それが、突き上げられるように持ち上がり、盛大な粉塵を巻き上げる。一拍遅れて、盛大な爆発が連鎖するように起こる。兵装ビル内の武器弾薬が、この衝撃で爆発したらしい。
「初号機、倒れた兵曹ビルに激突しました。幾つかの計測機器が沈黙。爆発の影響もあり、モニターできません! 初号機、パイロットの様子、共に不明!」
マヤが、モニターを読み上げていく。その声には、焦りが浮かんでいる。
「シンちゃん!」
ユウキの悲痛な叫び。
最大の戦力を失った?
発令所に一瞬だけ、空白状態が生まれる。
「まだ、作戦実行中。惚けるのは後にして下さい!」
その空気を吹き飛ばしたのはユウキだった。悲痛な叫びをあげ、俯かせていた顔を勢い良く持ち上げると、全てを振り切るかのように叫ぶ。
発令所の人員が、再起動する。
「陽電子自走砲、次弾装填へ!」
「零号機、使徒に接近。このタイミングならば、間に合い──」
言いかけた日向の声が、止まる。
使徒のスリット部分、そこに、光が流れる。これまで、何度も見た加粒子砲の充填。
今までと同じ。
しかし、どこか違う。
その違和感の正体は、マヤの報告ではっきりした。
「使徒内部に高エネルギー反応! これまでと、桁違いの速度で高まっています!」
機能拡大。
使徒の能力の一つ。
それを、発令所の面々は思いだしていた。
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