#51 やくざキック


 初号機に向けて、使徒の加粒子砲が放たれる。
 まっすぐに延びる光。
 発令所の人間の多くは、その光に撃たれて倒れる初号機を想像し、思わず目を閉じた。
 しかし、初号機は加粒子砲を、際どいながらもかわしていた。
 迫り来る猛牛を避けるマタドールのように──などとは、お世辞にも言えない、本当にぎりぎりの回避。どこかあたふたし、不格好でもあった。だが、回避したことには違いない。
「──!」
 思わず、発令所に歓声が零れる。
「心臓に悪いですねえ」
 これまで、作戦指揮官として、何が起きようがいつもと同じ微笑みを浮かべていたユウキが、安堵の表情になり、額の汗を拭う。
「さすがは、シンジさんすね」
 青葉が、まるで自らを誇るように、声をあげる。
「まあ、スリットから零れる光を見ていれば、攻撃のタイミングはある程度読めますからねえ」
 ユウキが、その言葉に答えて頷く。
「……?」
 その言葉に、問うような視線を、日向が向ける。
 そんなことが出来るのならば、何故、最初から、初号機のみの攻撃をしなかったのか?
 零号機、陽電子自走砲は必要なかったのではないか?
 そうした、疑問。
「──読めると言っても、EVAの反応を考えると、危険すぎると判断したんですよ」
 ユウキが、その疑問に答える。
 シンジのシンクロ率は、相変わらずさほど高くない位置で停滞している。母を求める心。シンクロには、それが必要である。ゲンドウは、それを見越してシンジを育てようとした。初号機の中に母性を感じれば、躊躇い無く、それに依存するような性格に。
 だが、ゲンドウの思惑は大きく外れ、シンジは母親を必要としないような人間として成長してしまった。
 結果、シンジのEVAとのシンクロは、ゲンドウの想定した数字よりも低いレベルで停滞している。
 シンクロ率が低い。
 それは、EVAがシンジの思惑通りの動きをしないことを示す。
 相も変わらず、シンジの思考に対して、EVAの反応は鈍い。行動にはいるまでに、タイムラグが変わらず存在する。ほんの僅かなタイムラグ。しかし、ぎりぎりの戦闘では、それは致命的ですらある。
 シンジの反応は、充分以上な余裕を持って、加粒子砲を避けることを可能とする。
 しかし、それに追随するEVAの動きは鈍く、見てから避けていたのでは、とても間に合わない。
 その為、攻撃の対しての先読みが必要になる。
「幸い、使徒の攻撃は馬鹿正直ですから、読みやすくて助かりますけど」
 ユウキの言葉通り、使徒の攻撃は非常に分かり易い。
 最大速度で充填、即座に発射。そこに、フェイントなどは無い。狙いも非常に分かり易く、ド真ん中ストライクを狙ってくる。
 それ故に、何とかシンジはかわした。
 かわしたが、余裕があるわけではない。
 ユウキにとって、最大優先はシンジの安全確保。
 である以上、最初からシンジ単独の戦闘は度外視されていた。最終的に、シンジの攻撃力に頼らなくてはならないとしても、少しでもシンジの安全を優先しよう、そう考えていた。
 しかし、結局、ユウキの立てた作戦は、不幸な出来事と、使徒の機能拡大によって、全てご破算。
 避けることを目指していた、シンジと、第5使徒のガチンコ勝負となってしまった。
「ふう」
 と、小さくため息を零し、ユウキはこうなってしまった以上、自分の出番はないと、シンジに全てを任せることにした。


『このお!』
 際どく加粒子砲の攻撃をかわした初号機は、シンジの叫びと共に、使徒に向かって全力で駆けだしていた。
 接近戦を挑む。
 これは、零号機と変わらない。EVAの装備に、使徒に有効な飛び道具はない。また、シンジ自身、接近戦を好む。
 爆発的な加速を見せる初号機。
 使徒の方は、再び加粒子砲の充填を始めている。その速度は、更に速くなっている。
「この状況で、また機能拡大? 出鱈目だ」
 日向の叫びは、発令所の多くの者の共通な思いだったかも知れない。
 初号機は、元々、最大の戦力として計算されていたため、その発進位置は零号機よりも近い場所を選択していた。それでも、第二射に間に合わない。
 使徒から、光が溢れる。
 その寸前、初号機は飛び上がっていた。
 つま先を掠めるようにして通り過ぎる加粒子砲。
 初号機は、シンジは再びかわして見せたのだ。
 そして、そのまま初号機は兵装ビルを踏み付けて八艘飛び。使徒に迫る。
 使徒の方は、加粒子砲の照射を早々と切り上げると、再び独楽のように回転を始めた。何らかの斥力場の発生、それによって、初号機をはじき飛ばそうという腹らしい。
『くたばれ!』
 シンジの声と共に、そのまま跳び蹴りが放たれる。
 そして──
 激しい音を立てて、初号機ははじき飛ばされていた。
 そのまま、逆さまになって大地に激突。
 そう見えた瞬間、初号機は地面に手をついて、くるりととんぼを切って、着地する。体操選手だって難しいだろうと思える、見事な体裁きだった。
 その間に、使徒は回転を停止している。光の溢れる使徒のスリット。
『ちぃ!』
 着地した初号機は、即座に横に飛び退く。
 初号機のいた場所を貫く、加粒子の光。
 地面が抉られ、一瞬で沸騰し、近場の兵装ビルがその熱量によって誘爆する。
 更に横へ走る初号機。
 それを追いかける、加粒子の光。
 これまでは打ちっ放しだったが、今度は初号機を追いかけるように照射を続ける。
「これは、埴輪土木、大儲けですねえ」
 発令所では、ユウキが、気の抜けた声で論評している。すっかり、緊張感を解いてしまっている。
 初号機は兵装ビルの背後に隠れ、その兵装ビルが融解するまでの僅かな間を使い、加粒子砲をやり過ごすと、今度はこれまでとは逆の方に逃げている。
 この動きに、使徒は反応が遅れた。
 いきなり逆の方に向かった称号機の動きに追随できず、虚しく兵装ビルや地面を削った挙げ句、遂に照射限界を迎えたのか、その光がとぎれる。
 それを見て、初号機は再び使徒に向かう。
 対する使徒は、矢張り回転防御。
「どっちにしろ、あの斥力場がある限り……」
 日向が、絶望を交えた声を出す。
 元々、回転しているモノは安定している。その上、あの斥力場。生半可な攻撃では、ダメージを与えることは出来ない。
 しかし──
「大丈夫ですよ」
 のほほんと、ユウキ。
「そうっすよね。シンジさんすから」
 青葉が、矢張りどこかのほほんと頷く。
 その間に、初号機は使徒の至近に迫っていた。
 そしてとてつもない踏み込みから放たれる、中段前蹴り。
 相変わらず柄が悪いその蹴りは、矢張り「やくざキック」と言う名称の方が適当かも知れない。
 とてつもない激突音。
 初号機の蹴りは、使徒のクリスタルの表面にめり込むようにして、その回転を停止させていた。軸にしていた、大地に打ち込まれたシールドが、途中からぽっきりと折れている。
「──え?」
 不格好で柄の悪い蹴りに、何処までの威力があったのか、日向が戸惑いの表情になる。
「シンちゃんは軽トラックくらいなら、蹴り一発で、余裕でその突進を止めますからねえ」
 のほほんと、何時の間に用意したのか、お茶をすすりながら、ユウキが論評する。
「それに、シンちゃんはあの程度の回転なら、充分に「見る」ことが出来ますから、どのタイミングで蹴れば良いのか、解ってますし」
 初号機の軸足は、その踏み込みの途轍もなさを示すかのように、足下の大地を陥没させている。只の地表ではない。初号機のような巨体が活動して、足の形の穴ボコだらけにならないように、強化された第3新東京市の大地を。
 そして、蹴り足の方も、使徒のクリスタルに似た表面に、深々と食い込んでいる。まともに食らった一面は、ひび割れだらけになっている。
「これで、後は解体ですかね?」
 問う、青葉。
 普通の人間は、軽トラックと言えども、蹴りで止めたり出来ません。
 そんな、微妙な表情で停止した日向。これまで常識だと思っていた事柄が、崩壊していくような気分を味わう。
 マヤは、無邪気にはしゃいでいるようだ。
 その視線の先、モニター上の使徒が、いきなり爆発した。
「え?」
 戸惑い、声をあげるユウキ。
 その爆発によって、初号機ははじき飛ばされていた。
 背後にあった兵装ビルをぶち抜き、一つ向こうの矢張り兵装ビルに背中をめり込ませるようにして、止まる。
「新しい攻撃ですか?」
 この期に及んで──
 そんなユウキの声は、否定された。
「どうやら、充填中の加粒子砲の暴発のようです。その証拠に──」
 ほら、とマヤが示したモニター上には、満身創痍、そんな感じの使徒の姿が示されていた。
 青く、宝石のような輝きを放っていたクリスタルのような表面は、一面のひび割れ。輝きも失い、どこか灰色っぽい色合いに変化している。そして、スリット部分に、大きく抉れたような傷痕。どう見ても生物には見えないフォルムとは言え、それでも生物なのか、内臓らしきモノが見え、傷からは盛大に体液が零れている。シールドをへし折られ、支えを失った巨体は、ふらふらと地面に落ち、角ではバランスを取れず、ゆっくりと横倒しになっていく。どうやら、空中に浮遊することも出来なくなったらしい。
「シンちゃん、無事ですか?」
『びっくりしたし、足も痺れたけど、平気』
 初号機の方に視線を移すと、蹴り足、右足の方が血だらけになっている。それでも、深刻な損傷はなさそうである。ゆっくりと身を起こつつある。
「陽電子自走砲、充填状況は?」
『え? ほぼ、完了しています。発射可能まで、後少し』
 突然声をかけられ、戸惑ったような時田の声が、通信機から答える。
 ユウキは、モニター上の使徒に視線を移した。
 まだ、使徒は生きている。その証拠に、スリットにはか弱いが光が走っている。しかし、加速器が損傷しているため、上手く充填は出来ず、どころか、充填しようとした端から漏出し、大きく開いた傷口で弾け、自身の肉体を傷つけている。
 初号機は、しっかりと立ち上がっていた。
「そうですね、とどめはそちらに譲りましょう。自走陽電子砲、充填完了と同時に発射して下さい」
「待て!」
 ユウキの命令に、ゲンドウが椅子を蹴立てて立ち上がっていた。
「使徒のとどめは、初号機に刺させろ!」
「気にしないで、撃っちゃって下さい」
 ユウキは、それを無視して命令した。
『了解』
 時田の方には、躊躇う理由はなかった。第3、第4使徒と、役立たず扱いをされてきた戦自。その戦自が、使徒にとどめを刺せる。その機会を遠慮して捨て去る必要はない。しかも、自分の陽電子自走砲が。
「待て!」
 ゲンドウが再び叫ぶ。
 しかし、構わず、時田は発射を命じていた。


 陽電子自走砲から放たれた光の矢は、大地に倒れた使徒を貫いた。
 第5使徒、殲滅。

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