#61 渡り鳥、最強決定戦


 扉が音を立てて開き、ギターを背負った男が入ってきた。
 ここは、場末のバー「ワイルドギース」。男は、碇組の幹部にして、ネルフのトップオペレーターの一人、青葉シゲルである。
「マスター、久しぶりっすね」
 にこやかに挨拶をしながら、青葉はカウンターのストールに腰を下ろす。
「久しぶりのライブは、成功だったようだね」
 マスターが、手慣れた仕草でコースターを青葉の前に置きながら、応じる。
 丘サーファーならぬ丘ギタリスト(?)と見られがちな青葉であるが、決して恰好だけではなく、ギター奏者としても、かなりの腕前を持っていた。マスターの言葉通り、今日は久しぶりのライブ。それは、成功の内に終わった。
「まあまあッスよ」
 日本人の美徳、謙遜です。もっと誉めてくれて構いませんよ。
 そう言う顔で青葉は応じる。
 しかし、マスターはそれ以上誉めず、代わって、カウンターの隅っこに座っていた男が、口を開いた。
「謙遜することはない」
 ん? とそちらに視線を向ける青葉。
 男は、テンガロンハットをかぶり、背中には青葉同様、ギターケースらしきモノを背負っていた。
「青葉シゲル、なかなか、いい腕だった。噂以上と言っても言い」
「……あんたは?」
 青葉が尋ねる。
 しかし、男はそれを無視して言った。
「しかし、二番目だ」
「……ん?」
 不審そうに男を伺う青葉。しかし、即座に興味を失うと、マスターの方に向き直る。只の酔っぱらいだと判断したのだ。
 男は、辛抱強く、たっぷり一分間以上沈黙を守った後、焦れたように言った。
「誰が一番だか聞かないのか?」
「……誰が一番なんだ?」
 仕方なさそうに、青葉が尋ねた。
 男は、目に見えて表情を輝かせる。その質問を待っていた。自分で質問を求めておいて何だが、そう言う顔だ。
 そして、奇妙な抑揚を付けて、堂々と宣言した。
「俺さぁ!」
「あ、そう」
 青葉は適当に応じると、マスターを呼んで、注文をしようとする。
 男は、目に見えて不機嫌になった。
「貴様、ここで、俺がどうお前より上で一番なのか、尋ねたりしないのか?」
「面倒くさいから良い」
 素っ気なく言って、青葉はそれ以上男と取り合うまいとする。
 しかし、男は青葉に無視されたままでいる気はなかったようだ。小さな、しかししっかりと青葉にも聞こえる声で、ぽつりと呟く。
「……ギターを持った渡り鳥、か」
 うんざりしていたような青葉の表情が、一瞬で引き締められる。
 おいおい、ここで厄介事は辞めてくれ。
 そう言う顔のマスターを無視して、ギターケースを引き寄せる。
「お前は?」
「俺達の間で、本名は意味がない。ベースを持った渡り鳥、と名乗っておこう」
 男──ベースを持った渡り鳥は、奇妙に気取った口調で応えた。
 敵。
 一瞬で、青葉はそう悟った。
 悟った後は、早い。
 青葉のギターケースが開かれる。中からとりだしたのは、ギター。
 しかし、只のギターではない。
 赤木リツコが碇組に加入したことによって、青葉、長年の願いが叶えられた代物。
 金属のスライドする音。ギターのネック部分が左右に分割され、その中から鈍く黒光りする銃身が覗いた。武器を仕込んだ、改造ギターだ。名前は、現在考案中。いずれ、アームドベース・デンドロビウムかバニッシャー辺りに落ち着くだろう。
 その銃口を、まっすぐにベースを持った渡り鳥の首筋に押しつける。
 だが、敵、ベースを持った渡り鳥もただ者ではない。
 青葉に全く遅れることなく、同じくケースを開くと、こちらはベースに偽装した武器、その銃口を青葉の額に押しつけていた。
「……」
 ベースを持った渡り鳥の顔を睨み付ける青葉。
 拮抗した状況。一瞬の気のゆるみが、瞬き一つが勝敗を分ける。だから、油断は出来ない。
「気が早いな」
 対するベースを持った渡り鳥は、気楽に笑う。
「……ベースを持った渡り鳥は、一匹狼だと聞いていた。何故、天野連合の犬になった?」
「碇シンジの犬となった貴様が、それを問うか?」
 にやりと不適に笑い、ベースを持った渡り鳥は、更に続ける。
「正直、天野連合や碇組の抗争に興味はない。──只、俺は誰が一番強いのか、証明したいだけだ。そう、最強の渡り鳥が誰なのかを」
「何?」
「この業界、広いようで狭い。渡り鳥が二匹、飛び回るには狭すぎる」
「……」
「一番強い者が、渡り鳥を名乗る。それ以外は、必要ない」
 青葉と、ベースを持った渡り鳥は、そのまま無言でにらみ合った。無言のまま、互いの呼吸を読み合う。このまま撃ち合えば、両者共に倒れる。だから、相手の気力が尽き、隙を見せる瞬間を伺いあう。
 一触即発の空気が、バーの中に満ちる。
 そして、遂に緊張の喫水が限界を超えようとした瞬間──
「じゃすと・あ・もーめんと!」
 大声と共に、バーの扉が開いた。
「──!」
「──!」
 両者共に、第三者の出現で隙を作ってしまった。
 それぞれ後方に飛びながら、銃弾を放つ。
 しかし、どちらも驚異的な動きでかわすと、それぞれテーブルの背後、カウンターの角の向こうに隠れてやり過ごす。
「何だ、お前は!」
 ひっくり返した丸テーブルの背後に隠れた青葉が叫ぶ。
 こいつも敵だろうか?
 敵だとしたら、やばい。
 正直、ベースを持った渡り鳥一人の相手だけで、手一杯の状況だ。こいつも敵であり、ベースを持った渡り鳥と手を組まれたら、流石に勝ち目はない。
「ふ」
 新たな男は、小さく笑った。
 男の身長は、2メートルを易々と超え、全身、これ筋肉と見えた。非常にがっしりとした男である。糞暑い年中夏の日本なのに、黒のコートを着込み、しっかりと前を閉じている。
「貴様ら二人だけで、渡り鳥最強を決めようなどとは、笑止! 真の最強の渡り鳥は、この俺様よ!」
 男は、体に見合った大声で叫ぶ。
「そう、俺様こそが、最強の渡り鳥だ!」
「待て!」
 異議あり!、とばかりに、叫んだのは、ベースを持った渡り鳥である。
「貴様、渡り鳥のくせに、楽器を持っていないではないか! それでは、渡り鳥の名乗りは認められん!」
 そうなのか?
 と、初めて知った事実に愕然とする青葉を放り出し、ベースを持った渡り鳥は、新たに現れた詐称渡り鳥を睨み付ける。
「ふ」
 詐称渡り鳥は、再び笑う。
「ベースの。確かに、貴様の言うとおり、楽器を持たない渡り鳥は、渡り鳥に非ず!」
「ならば貴様は!」
「早まるな! 誰が、楽器を持っていないと言った?」
 新たな渡り鳥は、嘲りの笑いを浮かべながら、着込んでいたコートの前を開く。
「──!」
 愕然と、まるで顎を落っことしそうな勢いで口をぽかんと開けてしまう青葉。
 新たな渡り鳥は、コートの下に、何も身につけていなかった。
「見よ、我が楽器、人間打楽器を!」
 新たな渡り鳥は、コートを脱ぎ捨てると、腰を前に突き出すような姿勢で、腕を頭の後ろで組んだ。ボディビルダーのそれのようなポーズだ。
 そして、腰を左右に振り始めた。
 ぺったんぺったん。
 お稲荷さんが、男の逞しい太股にあたり、音を立てる。
 そして、腰の動きのペースアップに伴い、ぺたぺたぺたから、ぱぱぱぱぱぱ、と言う音に変わる。
 見事な、人間打楽器だった。
 これ以上ないくらい完璧な、人間打楽器だった。
 たっぷりの独演会。
 人間打楽器を持った渡り鳥は、満足したように腰の動きを止めた。
 青葉も、心臓の鼓動すら止めそうな勢いで動きを止めていた。
「どうだ? 貴様らの様に楽器を用意せねばならんのは、二流の証明。自前で用意してこその一流! 即ち、最強の渡り鳥は、この俺様だ!」
 人間打楽器を持った渡り鳥は、この完璧な理論には瑕疵も遺漏もあるまいと、堂々と宣言した。
 しかし。
「ちっちっちっ」
 ベースを持った渡り鳥は、慌てず騒がず、口の前で立てた指を左右に揺らしながら、舌を鳴らした。
「確かに、大した人間打楽器だ。──だが、一番じゃない。二番目だな」
「何ぃ!」
 人間打楽器を持った渡り鳥は、青葉よりも余程つきあいのいい性格をしているらしい。愕然としたように叫ぶ。
「ならば、一番は誰だ?」
「ふっ」
 ベースを持った渡り鳥は薄く笑い、テンガロンハットを軽く持ち上げた後、親指で自身を指さし、奇妙な抑揚を付けて言った。
「俺さ」
 そして、言うが早いか、ズボンをずり下げていた。
「何だと!」
 叫ぶ人間打楽器を持った渡り鳥に見せつけるように腰を突き出すと、ベースを持った渡り鳥改め、真・人間打楽器を持った渡り鳥は腰を左右に振り始めた。
「見よ、これが、真の人間打楽器だ!」
「やめろ、この変態ども!」
 その瞬間、切れた青葉は仕込みギターから銃弾をまき散らした。


 バーを廃墟に変えて、青葉シゲルは一人、立っていた。
「うぬぬ……不意を付くとは卑怯な……だが、俺様が倒れても、第二第三の人間打楽器を持った渡り鳥が……」
「良いからくたばれ!」
 うめきと共に呪詛の声をかけてくる人間打楽器を持った渡り鳥を撃ち殺すと、青葉は大きくため息を付いた。
「……ふっ。俺は、素直に結果を認めよう。……今日から、お前が最強の渡り鳥だ。……そう、最強の真・人間打楽器を持った渡り鳥を名乗るが……」
「お前もくたばれ!」
 こちらにもとどめを刺し、青葉はもう一度、ため息を付いた。
 名乗りを変えようか。
 真剣にそんなことを考える青葉。
 だが、それでも一応、青葉は渡り鳥最強を証明したのだ。
「……戦いの後は、いつも虚しい。……特に、今日は」
 疲労を滲ませた声で呟き、青葉はその場に背を向けようとした。
 しかし。
「ふっ。多寡が、二人を倒した程度で、最強の渡り鳥を名乗らせるわけには行かないな」
 不意に声がかけられ、青葉は慌てて振り返る。
 そこには、数人の男が立っていた。
「お前達は?」
 ちょっぴり怯えの響きを滲ませた声で、青葉は尋ねた。
「勿論、渡り鳥よ!」
 男の一人が、代表して叫んだ。
 その後、続々と名乗りを上げる。
「我こそが、最強の渡り鳥、カスタネットを持った渡り鳥!」
「私は、トライアングルを持った渡り鳥!」
「待て、トライアングルを持った渡り鳥は、俺の名乗りだ。真似をするな!」
「……和太鼓を背負った渡り鳥」
「俺は、タンバリンを持った渡り鳥。──そして、ここでぺしゃんこになっているのが、パイプオルガンを背負おうとして失敗した渡り鳥だ!」
「……」
 茫然自失。
 もう、勘弁して下さい。
 そんな顔で立ちつくしている青葉に向かって、渡り鳥たちは叫んだ。
「さあ、真の最強の渡り鳥が誰か、ここで決着を付けるぞ!」
 激しい戦いが始まった。


 ベースを持った渡り鳥、人間打楽器を持った渡り鳥を退けた、ギターを持った渡り鳥、青葉シゲル。
 しかし、彼の前に、更なる渡り鳥たちが現れた。
 最強の渡り鳥への道は、長く険しい。
 だが、青葉シゲルは不屈の闘志で戦い続ける!
 負けるな、青葉!
 戦え、青葉!
 最強の渡り鳥の称号を手にする、その時まで!

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