#66 舌戦
その頃。
成層圏を飛ぶSSTO。尾翼には、UNとネルフのマークがある。
その機内に、碇ゲンドウの姿があった。
「失礼、ここよろしいですか?」
そのゲンドウに、話しかけてきた男がいた。
機内は、この二人のみ。席は嫌と言うほどに空いている。空きまくりだった。
それなのに、わざわざ自分の横に座ることもあるまいに。
そんな内心を思い切り表情に出すゲンドウだが、元々普段から不機嫌な顔だったので、傍目には殆ど変化を伺うことはできなかった。
内心は以上の通り。それでも、ゲンドウは頷いて見せた。
ゲンドウに話しかけてきた男も、ゲンドウ同様、只の民間人というわけではない。中国の高官であり、その影響力は大きい。無碍に扱うことは流石に出来ない。基本的に傲慢なゲンドウであるが、ネルフで裸の王様化している昨今。一人でも多くの味方が欲しい。否、味方にならなくとも、敵を増やすことだけは避けねばならない。……今更だが。
「サンプル回収の修正予算、あっさり通りましたね」
男が、友好的に話しかける。
「委員会も、自分が生き残ることだけを考えている。その為の金はもう惜しむまい」
精一杯友好的に、しかし、傍目には無愛想にしか見えない声で、ゲンドウは応える。ゲンドウが、これだけ長く会話に応じると言うこと自体、希有な例かも知れない。
「使徒はもう現れない、と言うのが彼らの持論でしたからね」
男は、ゲンドウの無愛想な様子にも動じることなく、あくまで友好的に応じる。
「もう一つ、朗報です。アメリカを除く全ての理事国が、EVA6号機の予算を承認しました。アメリカも時間の問題でしょう。失業者アレルギーですからね、あの国」
「君の国は?」
ゲンドウは、不明瞭な顔で尋ねる。
正直、自分の手の内にないEVAの存在は、ゲンドウには邪魔でしかない。ゼーレの老人達の元で扱われるEVA。それは、潜在的な敵。将来の確実な敵。弐号機の本部派遣を認めさせ、現存する全てのEVAはネルフが押さえている。しかし、それがゲンドウが全てのEVAを押さえていると同義でないことが、また、腹立たしい。
「8号機から、建造に参加します」
ゲンドウの内心に気が付いているのかいないのか、男はあくまで友好的である。
「第二次整備計画はまだ生きていますから。只、パイロットが見つかっていない、と言う問題はありますが」
それでも、友好的な中に、にやりとした笑いの波動が混じる。この男くらいの場所にいれば、EVAパイロットの作り方くらいは承知している。そして、作ることも可能だ。親子一組くらい、自由に出来る。それくらいの権力はある。
「使徒は再び現れた。我々の道は、彼らを倒すしかない」
男の笑いの波動を丁寧に無視し、ゲンドウは言う。
「私も、セカンドインパクトの二の舞はご免ですからね」
男は呟くように言い、ゲンドウの体越しに、窓の方を見る。
窓の外、眼下に広がるのは赤い世界。巨大なクレーター。
元南極、セカンドインパクトの発生した土地。
生物が全くいない、死の世界。
「──とまあ、建前の話はここまでにして、少しばかり、込み入った話をしましょうか?」
男は、あくまで友好的な声のまま、話題を変えた。
「……」
用心深く、無言で応じるゲンドウに笑顔を向け、男は言った。
「ご子息、ずいぶんと活躍しているご様子で」
この言葉に、ゲンドウは内心、顔を顰めた。
この男は、単純にシンジがEVAパイロットとして使徒を殲滅したことを差して言っているのではないと、即座に悟る。そして、悟ったからには、機嫌良くはいられない。
それでも、表に出すことは避ける。
これはゲンドウの弱みだった。だからこそ、余計に表に出してはいけないことだ。
男は、ゲンドウの方を楽しそうに見ながら、続ける。
「それで、碇司令には、良い話を持ってきたんですよ」
「……」
そう言えば、この男は中国の裏社会との繋がりを噂されていたんだったな、と、ゲンドウはぼんやりと考えていた。
長いお偉方の挨拶もようやく終わり、演壇にJA開発責任者である時田シロウが立った。
やれやれ。
そんな顔をした者はシンジ、ユウキだけではなく、結構な数に上る。皆、益のない話にうんざりしていたのは同様だった様子だ。
しかし、直後にやっぱりうんざりした表情を浮かべることになる。
時田シロウ。
JA開発責任者。
それだけに、JAに対する思い入れは強い。
それはもう、ビス一本に至るまで、自分たちがどれだけの苦労をして製造したか。プ○ジェクトXも真っ青な程に脚色されまくった、波瀾万丈な物語を思い入れたっぷりに蕩々と語り始める。そして、製造秘話が終わってからも、安心もできなかった。今度は即座に、機能面の詳細な説明が始まる。理系人間だって裸足で逃げ出しそうな程の細かな説明は、会場にいた殆どの人間には理解不能な難解なモノで、坊さんのお経と同じくらい意味不明だった。否、お坊さんのお経の方は何となくありがたいから、あちらの方がましだろう。
しかも、知的な話であるだけに、自分は全く解りません、と言うような顔をするのは、周囲に対してバツが悪い。解っていなくとも、解っているような顔をしなければならない。これがまた辛い。
「──以上が本機の大まかな説明となります。詳しくはご同封の資料をご覧下さい」
と時田シロウが説明を締めくくったときには、皆一様に疲れ切った表情をしていた。
「本日はお忙しいところ、我が時田重工業が誇る新製品の実演会にお越しいただき、まことにありがとうございました。後ほど、管制室の方へ席を移し実機をごらんいただきますが、ご質問のある方は、この場にてどうぞ」
葛城ミサトも、勿論うんざりしていた口である。
EVA以外では殲滅不可能な使徒。ミサトの中では、これが真実である。なのに、がらくたをさも役に立つように持ち出してきて、何をするつもりか、何が出来るモノか。そう考えていた。それこそ、時田シロウの機能説明には、突っ込みどころが満載と思えた。
しかし、率先して質問をしようとは考えなかった。
何しろ、こうした場にふさわしい人物がいるのだから。
「……でも、本当にユウキちゃんは料理が上手ね」
「そうですか? ありがとうございます」
「ホント、最近食生活が豊かになって、嬉しい限りね。今までは、出来合のモノが多かったから」
「リツコさんは、自分では料理をしないんですか?」
「暇が無くて。……でも、言っておくけど、出来ない訳じゃないからね」
「……信じますよ」
「その間は何?」
「……間なんてありませんよ」
などと、その当の人物は気楽な話をしていた。
「ちょ、ちょっちリツコ!」
ミサトは僅かに慌て、リツコに話しかける。
「何よ、ミサト」
「あんた、質問とか無いわけ? ほら、こうした時、率先して質問するのがリツコの役目でしょ!」
手足を振り回しそうな勢いで、普段のリツコがどういう人物であるかの説明をする。
説明された方は、不機嫌な表情になった。
こうした説明の常で、より大袈裟に脚色されていたから、不機嫌にならずに済ませることは難しい。だいたい、ミサトの言うリツコ像とは、まさしくマッドサイエンティストそのままに聞こえたから余計にだ。
「……そう、ミサトが私をどういう目で見ていたか、良く分かったわ」
「……それは、兎も角」
ミサトは、ようやくリツコを不機嫌にさせたことに気づき、慌てて話を誤魔化す。
「……まあ、良いわ」
ちっとも、「まあ、良いわ」と思っていなさそうな口調で応じた後、面倒くさそうにリツコは言った。
「私が何故、質問をしないか。それは、特に質問はないからよ」
「え〜!?」
ミサトは、驚きの声をあげた。
「なんで? 何で? アンビリーバボー。私が見たって、色々問題有りそうなのに」
「その、問題と思える部分を、是非お聞かせ願いたいですな」
ミサトのその声は大きかった。
演壇の上の時田シロウにまで聞こえるほどに。
「え?」
と戸惑うミサトに、時田シロウは人の悪い笑みを向けた。
「どうやら、高名な葛城博士の一人娘、そして、ネルフの作戦部長の葛城ミサトさんが、なにやら質問があるようですな」
そして、会場中に言い聞かせるようにして、告げる。
「──くっ」
ミサトは、顔を顰める。これでは、質問しないわけには行かなくなってしまった。
仕方が無く立ち上がり、質問する事にする。
「質問、よろしいですか?」
だが、幸いなことに、突っ込みどころは満載だった。
「ええ、ご遠慮なくどうぞ」
時田シロウは、鷹揚に応じる。
「先ほどの説明ですと、内燃機関を内臓とありますが?」
「ええ、本機の特徴です。最大150日の作戦行動を保障します」
胸を張って主張する時田に、ミサトは信じられないと言う顔をした。
「しかし、格闘戦を前提とした陸戦兵器にリアクターを内蔵することは、安全性の点から見てもリスクが大きすぎると思われますが」
JAはリアクター、原子炉を搭載している。それでどつきあい。何時爆発するか解らない。歩く核弾頭のようなモノである。かなりドキドキはらはらの見物になるだろう。
「5分も動けない決戦兵器よりは、余程役に立つと思いますよ」
思い切り高慢に、嘲るように。
時田のこの発言に、ミサトはあっさり頭に血を上らせる。
論点をずらされたことに、思い至る余裕を失っていた。
「遠隔操縦では、緊急対処に問題を残します!」
言葉をぶつけるように叫ぶミサト。
「パイロットに負荷をかけ、精神汚染を起こすよりは、余程人道的だと思いますよ」
ミサトが激すれば激するほど、時田の声は冷静さを増す。
その時田の声の落ち着きが、今度はミサトから冷静さを奪う。
見事な悪循環だった。
リツコはこのやりとりに顔を顰め、ぼそりと呟く。
「よしなさいよ。みっともない」
とか言いつつ、自分自身も、あらかじめシンジらに詳細なJAのデータを与えられていなければ、JAの運用方法についてのアイデアを聞かされていなければ、ミサト同様に、あるいは、ミサト以上に頭に血を上らせていたかも知れないと、こっそり苦笑する。他人の振りみて我が身を直せ。そんな言葉がリツコの頭に浮かんだ。
ミサトの方は、最早止まらない。
リツコの小声の窘めも、頭に上った血を下げる役には立たない。逆に、更に血を上らせる。
「人的制御の問題もあります!」
「制御不能に陥り、暴走を許す危険きわまりない決戦兵器よりは、より安全だと思いますよ」
これ見よがしに時田は、第3使徒戦時における初号機の暴走──実際は、シンジの暴走──の写真を示してみせる。
「制御できない兵器など、ヒステリーを起こした女性と一緒ですよ。手に負えない」
ミサトが女性であることを承知の上で、からかうように付け足す。ここに、あの反対運動の少女がいれば、「はんたーい」と叫びだしそうな、女性蔑視の言葉だった。
しかし、会場にいるのは殆どが男性。しかも、ネルフのEVAに対抗してJAを建造した。その動機が示すように、アンチネルフな人間ばかりである。時田のこの発言を窘めることなく、逆にミサトに対しての冷笑を向ける。
まさしく、今のミサトはヒステリーを起こした女性。手に負えない。
そうした冷笑。
「〜〜〜!!」
ミサトは、凄い視線で時田を睨み付ける。視線で人が殺せるならば、時田は死んでいる。そう言う、凄い視線だ。
しかし、現実、視線で人が殺せるわけではなく、時田は腹立たしいほどに余裕を見せ、ミサトに冷笑を向けている。ミサトの声は、殆ど叫びだった。
「その為の、パイロットとテクノロジーです!」
「まさか「科学」と「人の心」があの化け物を抑えるとでも?」
「勿論よ!」
「人の心などと言う、曖昧なモノに頼っているから、ネルフは先のような暴走を許すのですよ。その結果、国連は膨大な追加予算を迫られ、某国では二万の餓死者を出したそうです。──良かったですね。ネルフが超法規にて保護されていて。あなた方はその責任をとらずに済みますから」
「何とおっしゃられようと、ネルフの主力兵器以外、あの敵生体は倒せません!」
「はっ」
時田は、笑った。
「おかしな事を。──ATフィールドですか? それも今では、通常の物理攻撃にて破られることは、先の戦いで証明されているではないですか。それも、あなた方ネルフの手によって」
第5使徒にとどめを刺したのは、EVAではない。戦自研の開発した陽電子自走砲である。
ミサトは、急所をつかれたように黙り、それから、シンジを睨み付けた。
「え? 僕?」
戸惑うシンジに、あんたが悪い。そう言う視線を向ける。
当初、陽電子自走砲を使うことを考えたのが自分自身であること。それを、ミサトは都合良く忘れてしまっているらしい。
舌戦は、時田シロウ、JA側の勝利で終わった。
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