#67 歩く原爆


 正直に言えば、リツコ自身、JAを疑問視していた。
 格闘戦を主体とする人型兵器に原子炉内臓。どついても、どつかれても危険だ。同じく原子炉内臓のロボットでも鉄腕ア●ムのような、夢のある物語なら兎も角、これは現実。チェルノブイリやチャイナシンドロームなどと言った、物騒な単語が頭に浮かぶ。
 しかし、ユウキはJAを評価していた。
「あれは、意外によく考えられているんですよ」
「どういう事かしら?」
 リツコは首を傾げ、尋ねた。
 ユウキはいつものようににこやかに微笑みながら、考え方が違うんですよ、と言って、説明を始めた。
「JAが、使徒を相手にするために建造された。そう考えるのが、間違いなんですよ」
「……?」
 今ひとつ、ユウキの言いたいことを理解できなかったリツコの不明瞭な表情を見、説明が足りないと見たのか、更に続ける。
「赤木博士は、JAの建造目的という基本的な部分で間違っていますね。まあ、その様に公表されているわけですが。──そうですね。JAのバックにいる者達が、政府、あるいはネルフの利権にあぶれた人たちではなく、天野連合である。その事を忘れないで、もう一度考えて見て下さい」
 リツコは首を傾げ、素直に言われたとおりに考えてみる。即座に答えを教えて貰いたいと思いつつ、同時に、こうやって自分の頭を使うことも嫌いではない。ヒントは出された。ならば、正解を導き出してみたい。
 リツコは考える。
 JAのバックは、最初、日本政府や、ネルフの利権にあぶれた連中。
 政府は、国内に存在する、自分たちのコントロールを受け付けない組織、ネルフを疎ましく思っている。元々、セカンドインパクトよりの復興の援助を受ける代わりにと、納得して引き受けたネルフである。しかし、それはそれ、これはこれだ。時が経てば、当初の約束はあっけなく忘却される。昔の手形を何時までも出されても困る。時代は変わった。ならば、その時代に合わせた方策が必要だ、と言う意見が出始める。勝手な話。しかし、主張している者達にとっては、こちらこそが正しいと信じているから困りものである。
 更に言えば、司令、碇ゲンドウの存在も疎ましい。自分たち選良を、屑でも見るような視線で見下している。国連の、そしてゼーレの権勢をバックに、自分たちを無視してのける。せめて、季節の折々に、山吹色のお菓子を届けるくらいの心配りがあっても良いモノだ。
 兎に角、ネルフの鼻をあかしてやりたい。そう言う動機。
 利権にあぶれた者達は、切実だ。金が欲しい。しかし、ネルフの落とす金は、自分たちの懐には入ってこない。今更のこのこネルフに接近しても、鼻で括ったような返答し変えられないだろう。ならば他に、自分たちに金を落としてくれる存在が必要だ。その為のプロジェクト。その為のJA。
 彼らにとって、JAは使徒を退治してくれなければならない。そうでなければ、意味がない。
 だが、背後に天野連合がいるとなれば?
 表向き、天野連合の名前はJAの後ろにない。しかし、シンジがいると言うのだから、いるのだろう。
 その場合、天野連合の目指すところは?
 少なくとも、使徒退治ではないだろう。
 天野連合が、使徒退治に興味を持つとは思えない。無論、人類滅亡回避はしたいだろう。人類には、自分たちも含まれるのだから。更に、それに付随する利権に興味はあるだろう。元々、その利権は、第3新東京市に居を構えた、箱根風間組の懐を潤せていたモノ。その更に上位組織、天野連合の懐に入っていたモノだ。それを、碇組が横取りした恰好なのだから、取り戻せるモノならば取り戻したいと願っているだろう。──だが、天野連合の規模から考えれば、その利権は、微々たるモノである。より以上に望むことは、利権よりも、碇組への報復。やられたら、やり返す。シンプルな世界。舐められたままでは捨て置けない。それこそが、強い動機。
 報復こそが、第一。
 ならば、使徒退治などは、どうでもいい。
 EVAに任せておけばいいのだ。
 EVA?
 そこで、リツコは理解する。
「JAの建造目的は、使徒ではなく、EVA?」
 口に出すと、ユウキはにっこりと微笑んで見せた。
「その通りです。JAの目的は、使徒ではなく、EVA殲滅。EVAがいるから、天野連合はここ、第3新東京市に手を出しあぐねています。碇組は山王会の離脱組を加え、それなりの力を持つに至りました。しかし、それもシンちゃんがいてこその連合。第3新東京市を一撃して、シンちゃんを倒すのが、一番手っ取り早くて効率のいい方法ですからねえ」
 前述のように、元々、第3新東京市は天野連合系列組織の支配下にあった。その為、天野連合の支配地域とは隣接している。他の碇組傘下の組に比べても、突出していると言って良いくらい、近い。
 それなのに手出しを控えているのは、送り込んで全滅した富岳ヒャッケイと精鋭2000人の二の舞を避けるため。
 第3新東京市にEVAある限り、手を出せない。
 EVAがあるから。
 ならば、EVAをなくせばいい。
 EVAがいなくなれば、使徒戦が問題になる。とは言え、使徒は最早、EVAのみでしか倒せない存在ではない。第5使徒は、陽電子自走砲で殲滅されている。EVAは必須ではないのだ。
「それでも、納得できないことがあるのだけど……」
 リツコはそこまでを理解し、それでも首を傾げた。
 科学者としては一流と言っていいリツコであるが、戦いに関しては、まるで縁がない。専門ではない。その辺りの判断は、ユウキらに一日以上の長がある。それを認め、素直に尋ねる。
「JAのスペックを見ると、とてもEVAには勝てそうにないのだけど」
 その辺りを入手したのはネルフの諜報部。ざっと目を通しただけでも解る。この攻撃力では、ATフィールドの前には無力だ。
「私にJA一機と戦自辺りを貸してくれるなら、EVAを使用不能にして見せますよ」
「?」
 ユウキの言葉に、首を傾げる。
 EVAに通用しないJA。更には、もっと通用しないであろう戦自。
 それで、どうにか出来るとは思えない。
「下手をしたら、何もしないウチに大爆発するかも知れない。その程度のモノを使って、何が出来るのかしら?」
「そこまでは非道くないと思いますけど」
 矢張り、リツコもネルフの人間である。EVAは強い。対してJAは使えないと、自然に思っている。身内贔屓ですねえ、とユウキは苦笑して見せた。
「でも、それがいいんですよ」
「え?」
 戸惑う。
 それ、とは爆発する、と言うことだろう。とても、良いことには思えない。
「爆発したら、大惨事よ。内臓リアクター、言ってみれば、歩く原爆みたいなモノでしょ?」
「それです!」
 ユウキが、我が意を得たりとばかりに、力強く言って、顔を輝かせた。
「歩く原爆、それが、JAなんですよ」
「はい?」
 ますます戸惑うリツコ。
 何処が良いのか。只、物騒なだけの代物に見える。
「EVAは、汎用決戦兵器とか歌っていますが、現実、それほどの汎用性はありません。使用するためにクリアしなければならない条件がありますからね」
「外部電源ね」
 耳が痛い、とリツコは顔を顰めてみせる。
 バッテリーを併用しても、動かせる時間は非常に限られている。長時間の使用を考えるならば、外部電源、アンビリカルケーブルは必須である。
 そして、少し考えれば、それがEVAの最大の弱点であることは分かる。
 アンビリカルケーブルを断ち切ってやれば、遠からず動かなくなる。動かないEVAは、人形と一緒だ。無力な存在だ。
 幸いなことに、使徒はそこまで考える頭はないようだが、人相手となれば、そこを狙われるのは考えるまでもないこと。
 以上の理由から、EVAをまともに使用できる場所は限られてくる。つまりは、第3新東京市くらいのモノだ。
「第3新東京市に限れば、電源供給の為の設備は充実している。その全てを破壊するのは、容易ではない。兵装ビルは、使徒戦では全然役に立っていないから軽く見られがちですが、マギとリンクして使用するそれは、下手なイージス艦以上の対空迎撃能力を持っています。EVAのパレットガンも、使徒相手には力不足でも、通常兵器相手ならば、充分以上に効果がある。のこのこ爆撃、攻撃を加えようにも、被害ばかりがかさんで行くでしょう。非効率的で、現実的とは言い難い」
「……」
 リツコは無言で、話の先を促す。
「で、歩く原爆です。JAを、第3新東京市に派遣して、爆発させる」
 ぼん、と爆発を示すように、ユウキは手を広げてみせる。
「そうすれば、ジオフロントのネルフ本部は無事でも、第3新東京市は保ちません。つまり、電源供給設備も、壊滅するでしょう。──となれば、EVAは地上では使用できなくなる」
「のこのこ出て来たら、真っ先に電源供給設備を破壊してやればいい、と言う事ね」
 リツコの言葉に、ユウキは頷く。
「そうです。──で、後は戦自を派遣して、ジオフロントを封鎖する。ジオフロントは、シェルターとしても機能しますが、だからと言って、わざわざ攻め込む必要はありません。ジオフロント内にも、電源供給設備はありますから、そこでならEVAは運営可能で、大被害を出してしまうでしょうし」
「成る程ね」
 確かに、それでEVAは、ネルフは無力化されるだろう。シンジ最大の切り札は、失われる。そう言えば、ユウキはEVAを倒すとは言わなかった。EVAを使用不能にすると言ったのだったと、今更ながら思い当たる。
 切り札を失ったシンジを倒すのは、天野連合の力を持ってすれば、さほど難しくはないだろう。一対一で勝てなくとも、豊富な物量を投入すれば済む。未だ、碇組は天野連合に比べれば、小さいのだから。
 リツコは、感心して頷いた。
 ユウキは、更に口を開く。
「日本は、セカンドインパクト前と変わらず、非核三原則を批准しています。プルトニウムさえあれば簡単に原爆は製造できるとは言え、実際に作って使用するのは拙い。まあ、ばれなきゃ、所持するくらいは平気なんですけど。──他に、一撃で第3新東京市を壊滅させるに足る兵器はN2爆弾がありますが、こちらは国連が管理しています。国連、即ち、欧州ゼーレ組です。天野連合は日本政府にある程度の影響力を持っていますが、外務省もセカンドインパクト前と変わらず……いえ、江戸時代から変わらず。いつまで経っても日本の外交は下手くそですからねえ。あれだけの金を使っても、未だに日本は国連常任理事国になれないくらいですし。外務省に出来るのは、せいぜい、族議員にお小遣いをプレゼントしつつ自分の懐もちゃっかり潤わせたり、国外で王侯貴族のような生活をすることくらいでしかありません。──兎に角、ゼーレ組が国連を支配している以上、ネルフの損となるような事を許可するはずがない。だから、N2爆弾も使えない」
 ユウキはここで、一息ついた。
「──ですが、JAならば平気です。非核三原則があるとは言え、原発ならば建造可能。そして、その原発が爆発しても、問題ありません。何しろ、核兵器ではなくて、あくまでも発電設備なんですから。事故です。あくまで事故。──つまり、JAの建造目的はこう言うことなんですよ」
「たいしたモノね」
「全くです」
 リツコはユウキのことを言ったのだが、ユウキは違う風に受け取ってリツコの感想に頷き、それから、思いついたみたいにして、付け足した。
「あ、後、これは蛇足かも知れませんが、他にも、内臓リアクターの効果はあります」
「何かしら?」
「原発を殴り壊せ、と言われたら、普通、躊躇いませんか?」
「……躊躇うわね」
 どこかが破損して、放射能が零れただけでも問題だ。下手に爆発すれば、更に非道いことになる。
「そう、いくらシンちゃんでも、躊躇うと思います。下手をしたら、非道いことになりますから。その辺りの、心理的な効果も狙っているのかも知れません。勿論、これも人相手だから通用する理屈で、使徒には全く意味がありませんけど」
 そう言って、ユウキは軽く笑った。


「な、何よそれ」
 リツコの説明を聞き終えたミサトは、不機嫌な声を出した。
「それって、人類の未来を守るための戦いが、やくざ連中に振り回されていると言うこと?」
 使徒退治は、高尚なお仕事である。少なくとも、葛城ミサトにとってはそうである。本来ならば、利権云々の事柄についても、面白くないことだ。人の世はきれい事だけでは済まないと理解した上でも、許し難く感じている位なのだ。それを、こんなばかげた抗争に巻き込まれるのは、許容できることではない。非道く、侮辱されているように感じていた。
「……」
 確かに、ちっとも立派な理由でないことは、リツコも理解している。その自覚があったせいで、ミサトの言葉に答えようが無く、口を閉ざす。
 これが、シンジ、ユウキ辺りであれば、
「それが、何か?」
 とか、
「人は、EVAのみにて生きることはできませんよ」
 などと、全く悪びれずに平然としているだろうが、流石にリツコはその境地まで達していない。
 吼えるミサト、困り果てるリツコ。
 そんな状況で、ロッカールームの扉がノックされた。

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