#68 作戦部長、退場


「──と言うわけで、EVA初号機とJAは、模擬戦を行うことになりました」
 ロビーでたむろしていたシンジ、ユウキを掴まえてのミサトの第一声である。
 何がどう「と言うわけ」なのか、唐突すぎる言葉に、二人は戸惑ったように視線を合わせた。
 尚、ケンスケはカメラを構えてそこら中をうろつき回っている。ケンスケには、本物の軍服を着た人間が歩いている、それだけで充分な見物らしい。相変わらず、「凄い、凄い、凄すぎる〜」を連発して、周りの者から危ない人間と見られているのだが、本人は気が付いていない。幸せなことである。
「何が、と言うわけ、なんでしょうか?」
 ユウキが、至極もっともな疑問を口にし、ミサトと一緒にやって来たリツコに視線を向ける。ミサトはいささか興奮気味で、まともな話が通じるか不安、とでも思ったようだ。
 リツコは僅かに苦笑して、興奮気味に言葉を発しようとするミサトを制し、自らの口を開いた。


「先刻、JA開発責任者の時田シロウが、私たちの控え室に来たのよ」
 前章の最後で扉をノックしたのは、時田シロウだった。
 時田シロウはそこで、EVA初号機とJAによる模擬戦を提案してきた。
 いささか、ロボットが立って歩くだけではイベントとしての華がない。そんな理由を口にしていたが、現実、自身のJAに自信があり、ありすぎて、ここで一気にEVAよりも強いことを示してやろう。そんな自己顕示欲が露骨に透けて見えた。少なくとも、リツコには。
 冷めた目で時田を眺めるリツコ。
 その視線に敏感に気が付いたのか、時田は交渉相手として、ミサトを選択した。そして、その選択は大正解だった。
 こちらは、先刻の披露パーティ会場にて、時田に口で敗北している。その記憶も新しく、時田に対しては良い感情を持っていない。やりこめるチャンスがあれば、飛びつきそうな勢い。更に、この部屋でこれまでしていた会話が会話である。目の前に噛みつけるモノがあったら、即座に噛みつきますよ、と猛り狂っている状態である。
 時田にとって、非常に与し易い相手、与し易い状況だった。
「いやあ、第5使徒戦での作戦指揮はお見事でした。それまで、例えば第4使徒戦では、喚いていただけだと聞いていましたので、正直不安視しておりましたが……これでしたら、人類の未来は大丈夫ですね」
 とどめとばかりに時田が口にする。時田の人を小馬鹿にした口調、表情を見れば、事情を知っていて口にしているとしか思えない。
 最早、ミサトを止めることは出来なかった。時田の言葉は、火に油を注いだようなモノだ。
 リツコは、即座に全てを放棄して、生ぬるく見守ることにした。問題があれば、シンジ、ユウキが何とかするだろう。それこそ、どんな小ずるい手段を使ってでも。そう達観していた。
「やってやろうじゃないの!」
 まるで、アメリカ中枢同時テロ時に、国会決議を待たずに自衛隊の海外派遣を宣言した某首相のように一切合切の手続きを無視し、ミサトは叫んでいた。
「……無様ね」
 時田に良いように乗せられたミサトに対するリツコの呟きは、耳に届かなかったようだ。
 猛烈な勢いで、後付で形式を整えていく。丁度、ゲンドウは海外へ恫喝外交の旅を続けていて不在。それを良いことに、ミサトに傾倒している日向マコトを巧みに扱い、初号機の出撃手続きを整える様は、さすがは作戦部長、そう言う仕事だった。
 そのミサトの勢いには、模擬戦で終わらせるつもりなど、欠片もないことは明白。
 だが、問題ない。
 対する時田の方にも、模擬戦で終わらせるつもりなど無いだろうから。
 どちらも、この機会にEVAを、JAを、ぎたんぎたんにやっつけてやる。そう考えていることは、傍目にも容易に理解できた。


「……何を考えているんだかなあ」
 シンジの言葉には、呆れが多分に混じっていた。
「何よ、EVAを馬鹿にされたのよ! あんな、ブリキの玩具みたいながらくたに劣るですってぇ! ここは、怒るべき場所よ! ここで怒らずして、何時怒るの!」
 つばを飛ばし、詰め寄ってくるミサトに閉口した顔で、シンジは距離を取る。
 ミサトは、更に叫び続ける。アジテーションのつもりかも知れないが、叫ぶたびに、シンジらの顔には、冷めた色が浮かび上がるから、全くの逆効果だった。
 しかし、それには気が付かず、ミサトは結論づける。
「と言うわけで、厚木にはナシを付けといたから」
「……ホント、何を考えているんでしょうか」
 ユウキが、シンジ同様の言葉を繰り返す。
「何よ、あんたまで。ここは、銃後の守りは私に任せてって言うのが、由緒正しい大和撫子の……」
 再び叫びだしそうなミサトを、ユウキは手を挙げて制した。
「違いますよ。私が言っているのは、時田シロウさんの方です」
「は?」
 思わぬ事を聞いた。ミサトがぽかんとした間抜け面を晒す。
 これを見ると、どこかで、自分が乗せられたことを自覚しているのかも知れない。
「だってねえ、歩く原爆ですよ。JAは」
 ユウキは、やばいことを周り憚からぬ声で口にする。
 その声に、ロビーにいた幾人かが、ぎょっとしたような顔をしてこちらに視線を向けてくる。
 ユウキは、向けられた視線を一向に気にすることなく、続ける。
「模擬戦って、ここのそばでやるんでしょう? 一応プレゼンテーションの一環ですから、改めて場所を第3新東京市に設定する、と言うわけには行かないでしょうし。──まさか、第3新東京市でやりましょう、なんて言いだしてませんよね?」
 疑うように、ユウキはミサトを見る。
 ミサトは、心外だという顔をした。
「あなた、私を馬鹿だと思っているでしょう? そんなこと言い出す訳無いじゃないの!」
「……例の話を聞いた後じゃなきゃ、その流れになっても不思議じゃなかったけどね」
 ぼそりと、小声でリツコが呟くが、幸い、それはミサトの耳には届かなかったようだ。
「だったら、意味無いじゃないですか」
 ユウキは首を傾げ、シンジの方を見る。
 シンジも、同じように首を傾げている。
「リツコさんには既に話しましたけど、ここは、ミサトさんにも説明しておきますと──」
「必要ないわ。あんたの考えていた事くらい、私だって思い当たっていたんだから。何しろ、私こそが本物のネルフの作戦部長なのよ。それくらい思い当たらないで、どうするってのよ」
「……」
 ミサトの言葉に、リツコは呆れきった顔を向けた。人のふんどしで相撲を取る。その生きた例が、目の前にいた。
「はあ、凄いですねえ」
 ユウキが、感心したように頷く。
「正直、葛城一尉を見誤っていたみたいですねえ」
 にこにこと視線を向けてくるユウキに、ミサトは胸の辺りに痛みを覚えたような顔をしたが、それも一瞬、逆に豊満な胸を張ってみせる。
「ま、まあね」
「本当に凄いです! さすがは、ネルフの誇る作戦部長殿ですねえ」
「お、おほほほ」
「その現状認識能力があれば、もはや使徒は敵ではありませんね。素晴らしいです」
「も、もちろんよん」
 おほほほほ〜と、わざとらしい笑いをするミサト。
 リツコはため息をそっと零し、隣に立っているシンジに小声で尋ねる。
「……ユウキちゃん、解っていて、やっているんでしょ?」
「やっぱり、そう思いますか?」
 やれやれ、と二人は肩をすくめる。
「まあ、それはそれとして──」
 何時までもミサトを褒め称えているユウキに、それでは話が進まないと、シンジが口を挟む。
「一体、何を考えているんだろうね」
「そうですねえ」
 ユウキはあっさり誉め殺しを中断して、視線を宙にさまよわせる。おとがいに指先を当てて、考え込む表情になる。
「第3新東京市がステージなら、どんと来い。勝てば良し、負けてもぼかんで元は取れますけど、ここでは、意味がないですよねえ。──いえ、逆に有害ですらありますしねえ。N2地雷に使徒が耐えたことを考えると、至近で爆発させても、EVA殲滅は叶わない。つまり、シンちゃんは生き延びる。対して、この施設にいる人間が、かなり危険になるでしょうからねえ」
 相変わらず、辺り憚らぬユウキの声量である。そのせいで、周囲の者達が、怯えた表情で近くの者と囁き始めている。
「だよねえ。ここに来ている人間は、多くが天野連合の関係者。どころか、お姫様まで来ている。どう考えても、ここで戦うのは得策じゃないよ。絶対に避けなければならない事じゃないかな?」
 シンジもユウキの言葉を支持し、頷いてみせる。
「あるいは、我々の知らない、特殊な秘密兵器が存在するとか?」
「秘密兵器?」
 リツコが、少しそれは馬鹿馬鹿しいのではないか、そんな顔をする。
「ええ、時田さんは科学者ですから。「こんな事もあろうかと」って」
「それは……確かに、科学者であれば、一度は口にしてみたい台詞ではあるけど、現実的じゃないと思うわ。それに、ちゃんと調べているんでしょ?」
「調べてはいますけど、ネルフに比べて、簡単じゃないんですよ。全てを完璧にとは、とてもとても」
 ネルフの情報管理は、やくざに劣るのですか?
 思わず、落ち込みそうになったリツコである。
「正直、天野連合は大きすぎますし。全てに目をやることは、どうしても不可能なんですよ。──実際、JA以外にも、不穏当な至近や資材の流れは見えますし」
 ユウキは、お手上げですねえ、と言う顔をする。
 碇組の諜報活動は活発に行われている。その中でも、エースといえるのは田茂地である。田茂地の収集してくる情報は、鮮度、量、精度、重要度、兎も角一級品ばかりである。しかし、それにも限界がある。田茂地は、一人しか居ないのだ。全ての情報を収集することは、不可能である。
「でもさ」
 と、シンジが口を開く。
「びっくりするような秘密兵器が、何の脈絡も無く、唐突に登場するというのは、展開的に、あまりにも安っぽすぎないかな?」
「……元々、安っぽい話ですしねえ」
「それを言っちゃ、お終いだよ」
 シンジがどこか慌て、ユウキを窘める。
「こほん」
 ユウキも流石にやばいと考えたのか、わざとらしく一つ咳払いをして、話を変える。
「あるいは、別に原因を求められるかも知れませんねえ」
「別の?」
「そうですねえ」
 ユウキはおとがいに指先を当てる。視線は、矢張り宙。僅かに考え込むと、頭の中のもやもやを形付けるように、口にする。
「あるいは、あるいは──そうですね。例えば、意志の疎通が出来ていないと言うのはどうでしょうか?」
「誰と誰が?」
 ユウキの思考を助けるためか、シンジが合いの手を入れる。
「開発者と、運営者、なんてどうでしょうか?」
「時田シロウと、お姫様の間に?」
「例えば、ですよ」
 ユウキは再び前置きして、続ける。
「お姫様は、葛城作戦部長が見事に思いついたようなJAの運営方法を考えている。しかし、開発者の時田シロウさんは、それを知らない。──知らないだけじゃなくて、JAはEVAに勝ると、単純に考えているかも知れない。何しろ、開発者ですからねえ。自分の作品に対しての思い入れが大きいのは当然、親の欲目という奴ですか? そこで、時田さんはお嬢様に良いところを見せようと張り切った。スポンサーな上に、見た目、もの凄い美少女ですし」
「うん、美少女だねえ」
 と、相槌を打ったシンジを軽く睨み、ユウキは続ける。
「で、スタンドプレーでEVAとの対決をセッティングする。お姫様の目の前でJAがEVAを倒し、自分の株をあげよう──こんなのはどうですか?」
「……無いとは言わないけど、そんな私情だらけで良いのかなあ?」
 シンジは首を傾げた。
「そこはそれ、ネルフだって私情で動いている組織ですしねえ」
 とは言うモノの、ユウキも自信がなさそうな口調である。
「そんなことは、どうでもいいわよ!」
 そこで、ミサトが口を挟んできた。
 どうにも、シンジはやる気なさそうに見える。焦れたように、シンジを叱咤するように告げる。
「やりなさい、シンジ君。逃げちゃ駄目よ! 何よりも、自分から!」
 何だかなあ、と言う視線でミサトを眺めるシンジである。
 しかし、ミサトは気が付かない。どうやら、自分の台詞が気に入ったらしく、悦に入っているように見える。
「まあ、やりますよ。やりはしますけど」
 ため息混じりの声で、シンジは答える。
「え?」
 それを聞いて、ミサトがびっくりした顔になる。
 肯定的な返事が返ってくるとは、予想していなかったようだ。何しろ、今まで、基本的にミサトの言葉に逆らってばかりいたシンジである。その肯定的な返事、仰天だ。
「だってねえ」
 この人、今までの話聞いていないのかな? そんな疑惑の視線でミサトを眺め、シンジは説明する。
「こっちに、より、都合の良い状況ですよ? ──それに、放っておいても、向こうから仕掛けてくるに決まっていますから」
「そうですねえ、私でしたら、JAの存在を厭う、秘密の特務機関の誇る謎のスーパーコンピューターのクラッキングを受けて、あら大変、って言う感じで、即座に第3新東京市にJAを向かわせますね。あちらにとってありがたいことに、シンちゃんがここにいますから、足止めしておけば、更地にするのも楽でしょうし」
 ユウキが、腕組みをして偉ぶって頷いて見せる。
「……確かに、クラッキングして原子炉の暴走を演出して、面目丸つぶれにしろって、司令に言われたことがあるような」
 読まれまくりだったのね。とほほ。
 リツコはため息を零す。
「実際、クラッキングは何度か行われたみたいですよ。──防壁を突破できなかったり、ダミーに細工を施したところで満足したりで、一度たりとも成功しなかったみたいですけど」
 ますます、リツコは肩を落とす。
 既にゲンドウの元から、肉体的にも精神的にも離れているとは言え、自分が如何に間抜けを晒していたか、それを考えると、居たたまれなくなるのは止められない。
「それは兎も角、直ぐに移動をしましょう。ああ、ユウキとリツコさんも来て下さいよ。一応、穏便に破壊するつもりですけど、下手なことになったら困りますし」
「あ、あたしは?」
 ミサトが、慌てて尋ねる。
「作戦部長が離れて、どうするんですか?」
 意地悪な視線、口調でシンジが告げ、ミサトの顔色が変わるのを眺め、それから、口調を変えて言い直す。
「──と言うのは冗談で、お好きなように。邪魔さえしなければ、別にどうとでもして下さい」
「な、何よ、私はネルフの作戦部長なのよ。EVAパイロットは私の指示に──」
 ミサトは、シンジの言葉にかちんときて叫ぶ。
「田茂地」
 が、シンジは皆まで言わせなかった。
「……ひいふう」
 いつの間にか、ミサトの背後に田茂地が現れていた。相変わらず、唐突な出現である。
 そして、殆ど同時に、ミサトは白目を剥いて崩れ落ちる。
 その体を田茂地が素早く支え、そこへシンジが指示を出す。
「今度こそ、確実に。よろしく」
「わかりました……ひいふう」
 そして、田茂地はミサトを連れたまま、即座に姿を消す。
「……何か、今回容赦ないですねえ。珍しく、良いことをしてくれたのに」
「確かに、今回は良いことをしてくれたけど、あんまり勝手されても困るでしょ? こっちの目の届かないところで、勝手ばかりされてもさ。今回は、たまたまこっちに都合が良かったけど、次もそうだとは限らないし。──それに、また五月蠅くなりそうだったし、良い機会だったからね」
「まあ、確かにそうですねえ」
「もういい加減、要らないでしょ?」
 シンジは素っ気なく応じ、固まっているリツコを促して、出入り口の方へ向かった。
「……」
 一応、ミサトは友人である。であるからして、色々と思うところはある。あるが、自分ではシンジを止めることは不可能だろう。あっさり諦観すると、リツコはシンジの後に続く。
 そのまま、ビルを出て行く。そう思われた矢先、吹き抜けのエントランスホールで、シンジは不意に立ち止まると、背後を振り返った。

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