#70 JA、大地に立つ


 水を湛えたプール。その水面に、動きが生じた。
 揺れる水面は、時をおかず、渦を巻いた。そして、吸い込まれるようにして水位を下げていく。
 逆に、せり上がってくるモノが見えた。
 黒金の巨体。
 今日の主役メカ。
 ジェット・アローン。
「凄い、凄い、凄すぎる〜」
 叫んだのは、ケンスケである。感動の余り、目の幅涙を流し、驚喜している。本当なら、カメラを構えたい。しかし、一応は機密と言うことで、それはなしえない。変わりに、その勇姿を見逃してなるものかと、瞬きすら禁じるような勢いで、出現するJAを見つめている。最早、先刻まで、「シンジさん達、どこ行っちゃったんだよ〜」と一人残されて感じていた心細さは欠片も存在していなかった。
 その様を、壇上の時田シロウは、心地良さ気に見守っていた。
 普通なら退いてしまうような狂乱。しかし、彼はアレで、自分のJAを讃えているのだ。JAに感動しているのだ。だから、少しくらい危なく見えようとも、充分に許容できる。いや、許容できる、ではない。大歓迎だ。
 が、時田の思いを裏切るようなことを、興奮したケンスケは叫んでいた。
「見た目、自称主人公のライバルがスクラップから作り上げた、修理費が10円で済むようなロボットなのに、出現シーンは主役メカ級。凄い、凄い、凄すぎる〜」
 この叫びに、会場のあちこちから失笑が零れる。
 会場の多くは、その世代の人間だった。
 空にそびえる黒金の城。それに出てくる、役に立たないロボット。補給装置だか、修理装置だか忘れたが、兎に角それが付いているから、希に使われることがある。たいていの場合、二軍行き。その程度のロボット。
 JAの外見は、どことなくそのロボットを彷彿とさせる。
 むき出しの歯のように見える空気取り入れ口。蛇腹間接の手足。赤く塗装されていないのが、残念なくらいだ。
「……」
 時田は、こめかみに血管を浮かび上がらせたが、それでも何とか自制する。
「……なんだか、バランスの悪そうなロボットじゃないかね?」
「それに、あの、背中に背負った煙突みたいなモノは何かね?」
「仕様書には、書かれていませんな」
 そんな呟きが、会場から聞こえてきたからだ。
 JAは、確かに、大幹部分が大きく、手足がひょろ長い。重心が高く、安定した体型とは言い難い。更に、そこに、仕様書には付いていない、巨大な煙突のようなモノを背中に背負っている。いや、煙突だけではない。バランスの悪そうな大きな上体に、更に何か、バックパックのような、巨大なモノを背負っており、煙突はそれに接続されている様に見えた。
「こほん」
 時田は咳払いを一つして、会場の注目を集めると、もったいぶった口調で説明を開始した。
「みなさんもお気づきになられたように、こちらのJAには、仕様書にない装備が接続されております。あれこそが、JAの攻撃力を飛躍的に高め、ATフィールドを破壊するだけの威力を持つ追加兵装、JA原子熱戦砲、通称「バベル」です」
「おお〜!」
 ここに来ての隠し球で、会場の者達が感嘆の声をあげる。
「間もなくこちらにやって参ります、ネルフのエヴァンゲリオン初号機との模擬戦で、その効果のほどをみなさんにお見せすることが出来ると思われます」
 満足げに、時田は解説する。
「それでは──」
 時田は、JAのコントロールを受け持つスタッフの方に、視線を向ける。
 何人かの人間が、端末に向かい、キーボードを叩いている。
「ジェット・アローン、起動!」
「了解」
 思い入れたっぷりに叫んだ時田の言葉に答え、スタッフ達がJAのコントロールシステムを立ち上げていく。
「ろの1番から12番まで、直ぐに送れ!」
「送ったわ」
「への14番もだ!」
「38番もでしょ?」
「バベルの制御が来てねえ」
「サブルーム、何やってんだ?」
「レーダーに反応、EVA輸送機、離陸した模様」
「リフトオフのタイミングは操舵手のお前に任せる」
「解っているよ」
 慌ただしく会話が交わされ、起動シーケンスが進んでいく。
 そして、操作の統括をしているらしい男が、時田に頷いてみせる。
 時田も頷いて応え、これまで以上に思い入れったぷりに命令した。
「ジェット・アローン、リフトオフ」
「リフトオフ」
 操舵担当らしい男が、これ見よがしなレバーを回す。
 すると、会場、正面の大画面に映し出されていたJAが、戒めを解かれ、僅かに沈み込んだように見えた。手足を固定して直立させていたテンションが解かれたのだ。
 多くの人間が、このまま倒れ、立ち上がらないのでは、そんな不安を覚えたが、それは杞憂だった。
 JAはゆっくりと、しかし確実に歩き出したのだ。
「おおぉ!」
 素直な感嘆の声が会場のあちこちから零れる。
 只、歩いただけ。
 それだけであれば、既にH●NDA技研辺りの作ったロボットでも達成している。
 とは言え、JAは巨大だった。あれだけ巨大なモノが歩く。それは、確かに大した見物だった。
 その反応に、満足したように小鼻を膨らませる時田である。
 が。
「……う〜ん、確かに凄いけど、EVAに比べると鈍重だよなあ」
 と、小さな呟きが時田の耳に捉えられた。


 呟いたのは、矢張りケンスケである。
 ミリタリーオタクのケンスケだ。最初、何故自分だけがここに置いて行かれたのか、疑問に感じた。忘れ去られた? 捨て置かれた? そんな危惧も覚えた。
 しかし、そうでないことに、既にケンスケは気付いていた。
 シンジさんは、自分のミリタリー関係の知識を理解し、こちら、会場の方でJAを観察するよう期待して、自分を置いていったのだ。そう理解していた。
 ……勿論、誤解で、現実は当初のケンスケの危惧の通りなのだが。
 それは兎も角、期待されているのならば、応えなければならない。シンジさんには、いろいろとお世話になっている。自分がちょっぴり大人になれたのも、シンジさんのおかなのだから。
 だから、ケンスケはJAを観察して、上のような感想を抱いた。
 ケンスケは、第4使徒とEVAの戦闘を目の当たりにしている。
 アレが、運命の転機だった。忘れることはない。
 あの時のEVAの動き。それは、まるで人間のように滑らかで、どこか機械臭い動きをするJAとは格段の差と見えた。
 だから、それを正直に口にした。勿論、人に告げる必要のないことだったので、小声で。
 しかし、それは時田に届いてしまった。


 時田は、膨らませていた小鼻を収縮させると、瞳に暗いモノを浮かばせた。
 皆の感嘆の声に、先ほど感じていた決意は揺らいでいた。このままでも、EVAに勝利することは可能。再び、そう思い始めていた。ミナカの彼に伝えた作戦。それは、JAを貶めることになる作戦だった。だから、恐怖に駆られて一度は頷いたとは言え、ミナカから離れれば、再び躊躇いが生じた。
 だが──
 目の前の、少年の呟きが、時田から再び躊躇いを取り去った。
 自分は、JAは決して負けられない。
 なぜなら、死ぬのは怖いから、嫌だから。絶対に、吊されたくはない。
 これで、科学者、時田シロウの名声は、地に落ちるかも知れない。しかし、命を失うよりはましだ。
 更に、逆にポジティブに考えるならば、ミナカの作戦を採ってEVA殲滅に成功すれば、その事で、天野連合に重要人物として迎え入れられることだろう。科学者としての名を失うかも知れないが、栄達だけは可能。あの美しいお姫様の元に傅くのも悪くはない。あの凄い視線で睨み付けられると、背筋がゾクゾクするような快感を感じることが出来る。ならば──
 時田は、ちらりとJAの管制官に目配せをした。


 模擬戦の場所として選ばれた場所から、充分以上に離れた所で、ユウキはモニターを見つめていた。
「アレが、JAの隠し球ですか……」
 ユウキは核実験観測用の、強固な電磁波シールドの施されたカメラからの映像を見て、呟いた。
 ユウキのいる場所は、素早く展開された、移動指揮車の中。指揮車の周囲には、急ピッチで組み上げられた、各種観測設備や通信設備が設置されている。
 EVAは、第3新東京市外部での展開に難がある。
 ユウキが指摘したことである。
 そして、問題点が解っているからには、放置しておくつもりは、ユウキにはない。
 勿論、解消不可能な問題は存在する。
 例えば、第3新東京市並の給電設備を外部に整えるのは、どうしたって不可能である。第3新東京市の充実した設備は、あの街だから、あの街が特別だから、達成できたこと。他の街に同様のことが出来る訳がない。
 だから、出来ることをする。
 この場合の出来ること。
 それは、外部派遣の即応体制を整えることだった。
 必要とあれば即座に、電源設備、そして観測設備を整えること。無論、完璧、満足にはほど遠いレベルでしか整えられないが、何もしないでいるよりは余程にましである。
 ユウキが、自称作戦部長代理補佐心得見習い(仮)に就任して以来、その為の訓練は繰り返し行われてきた。
 今回の迅速な展開。それは、これまでの訓練が期待通りの成果を上げている証明だった。
「アレって、どういう仕組みだと思いますか?」
 ユウキは、横に控えているリツコに尋ねた。
 リツコの立ち位置は変わらない。求められ、技術的な分野からの助言を与えること。
 只、変わったのは、横に立つ人間。ミサトから、ユウキへ。だがリツコの仕事は変わっていない。だから、戸惑うことなく、ユウキの質問に答えた。
「これだけでは、難しいわね」
 モニターに映し出された、公表された仕様書には無かった装備を身につけたJA。それを見つめ、リツコは呟いた。流石に、見た目だけではデータが乏しすぎる。只、間違いなく遠距離攻撃用の装備であること、同時に、あの重心の高さでは、予想以上に格闘戦には向いていないだろうとの想像が出来た。それだけだ。
「外部電源と接続している風ではない。だから、背中に背負っているアレが、エネルギー供給のためのモノなのは、多分間違いないでしょうね。でも、あの大きさの発電設備で、ATフィールドを貫くだけのエネルギー量を確保できるモノと言ったら……まさか」
 ひらめきに近い、思いつき。
 しかし、それを説明するより早く、ユウキがマイクに飛びついていた。
「EVA輸送機へ、こちら、臨時特設発令所」
 な、何?
 戸惑うリツコの前で、ユウキは泡を食って叫んでいた。
「甘く見ていました。失敗です。直ちに、回避行動。砲撃が来ます!」
「え?」
 リツコは、戸惑いの表情を浮かべる。
「いくら何でも、そんなことは……」
 模擬戦を持ちかけておいて、不意打ちをかます。そんなことが、あり得るはずもない。
「あります。確実に」
 だが、ユウキは、断言した。
「正義というのは、勝った者の為にある言葉です。敗者の為の言葉ではありません。勝利すれば、全てが肯定されるんですよ」
「それは、いくら何でも暴言じゃ……」
「勝てば官軍。──長州、薩摩、土佐、関ヶ原の恨みを晴らすために徳川を倒しただけなのに、明治維新として肯定されているじゃないですか。海外列強に対抗するため、そんなのは、後付の理由です! アメリカは、ドイツ軍のイギリス、民間人無差別爆撃を非難していたくせに、東京を無差別爆撃して焼き払いました。でも、さほど問題になっていない。それは、アメリカが戦勝国だからです! 歴史は、勝者の視点で語られるモノなんですよ! 敗者は泥にまみれ、全てを失うんです!」
 矢張り、リツコにはこの発言は、暴言にしか聞こえなかった。
 しかし──
「目標内部に、高エネルギー反応!」
 JAを観測していた青葉の言葉が、ユウキの言を肯定した。


 時田の目配せ。
 それに、JAを操作している者達は躊躇いの表情を浮かべた。
 彼らも、矢張り時田同様、自分たちの作り上げたJAに思い入れがある。誇りがある。だから、時田の下した命令、それは、容易に従いがたいモノだった。
 しかし、時田は強い視線で、もう一度促す。
 彼らも、時田の事情は理解している。そして、それは、自分たちにも関係してくる。
 自分たちが躊躇い、敗北したとすれば、あのお姫様は、決して自分たちを許さない。確実に。
 きっと、全員ずらりと並んで吊されることになるに違いない。
 どこか諦観したような顔で、管制官は頷いた。

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