#72 鋼鉄計画
接近されてしまえば、JAはEVAの敵ではなかった。
それでも、JAは諦めず、「バベル」をEVAに向け、零距離からの砲撃を加えようとする。
だが、JAの全長すら凌ぐ長い砲身は、近距離では取り回しに難があり、銃口を避けることは難しいことではない。いや、避ける必要すらなかった。
充分に懐に踏み込んでいるEVA。その肩口に砲身が当たってしまい、どうあがいても不可能だったから。
すでに、それほどまでに接近されてしまっているのだ。
EVAは、慌てず騒がず、肩のウェポンラックからプログナイフを抜き取ると、そのまま、バベルの燃焼室めがけてそれを投げつける。
内部での核爆発に耐えるだけの強度を持つ燃焼室。しかし、プログナイフはあっさりと、まるでチーズに熱したナイフを突き立てるようにあっさりと、燃焼室の外壁に突き立った。
燃焼室に穴が空いてしまえば、バベルは使用不可能となる。
僅かなクラックも、核爆発の衝撃は見逃さない。弱い場所があれば、そこに力は集中し、更に亀裂を広げていく。更に広がった亀裂には力が──となり、傷が入った時点で、燃焼室の強度は、必要なだけのレベルを失っている。下手に使えば爆発を中に封じ込めることなく、周囲を──JA本体をも破壊するだろう。
ここで、JAはバベルを諦め、格闘戦に移行しようとした。
重すぎるバベルの砲身、並びに燃焼室を含むバックパックを強制的にパージして、身軽になる。付けたままでは、重いだけではなく、重心が高くなりすぎていると言う問題もある。……元々、上体が大きい仕様のJAなので、今更の感もあるが、それでも無い方がましだ。
そして、格闘戦を──
挑むまで待ってくれるほど、EVAは優しくなかった。
EVAの足が一閃して、大地に付けて上体を支えていた腕を刈る。
蛇腹関節で、人以上のフレキシブルさを発揮したであろう両腕は、その能力を見せることなく、破片をまき散らしながら中途からへし折れてしまった。
つんのめるように崩れるJA。
この時点で、時田らは勝利を諦めていた。
せめて、ここでの爆発だけは避けよう。避けねば、自分たちも爆発に巻き込まれて昇天してしまう。
だから、必死の操作で原子炉の緊急停止が成される。
EVAは、その辺りを気にした風でもない。爆発するなら、勝手にしろ。そうした態度で、全く躊躇いを見せない。
何しろ、EVAにはATフィールドがある。
その強度は、至近での核爆発にも余裕で耐えきるだろう。既に、N2地雷の直撃に耐えた第3使徒という前例もある。賭ではなく、確定なのだ。
だから、EVAはそのままJAの後ろに回り、今度は両足を踏みつぶす。
流石に、体幹部分──原子炉に直接打撃を加えるつもりだけは、無い様子だった。
何とか緊急停止が成功し、JAは動きを止める。
それを確認すると、まるで人間のようにEVAは両手をたたき合わせて埃を払うと、パージされたバベルを引きずるようにして、立ち去っていく。
「あ、バベルは、ネルフの特務機関権限によって、徴発させて貰います。よろしくお願いしますね」
と言う通達が、作戦部長葛城ミサトの名前で、時田らに送られてきた。
そして、EVAはそのまま電源設備の所まで行くと、アンビリカル・ケーブルを接続。
今まで、外部電源に頼ることなく、稼働していたのだ。
外部電源に頼る必要もなく、JAは殲滅されてしまったのだ。それだけの、短時間で。
以後、EVAの撤収作業が慌ただしく行われた。
ぶつん、と、画面が暗転する。
「以上が、JAとEVAの戦闘記録です」
静かな、落ち着いた声で告げたのは、彼岸花マリ。
リモコンを操作して記録映像を止めると、更にリモコン操作。天井へ向けてプロジェクター用のスクリーンがしまい込まれ、窓のカーテンが開いていく。
「……」
部屋に光が戻ると、不機嫌な表情で、天野ミナカは椅子ごと、背後に振り返った。
そこには、緊張の面もちで控える、時田シロウがいた。
「……」
「……」
二人は、無言で見つめ合う。
魅力的な容貌を持つミナカだが、時田シロウにしてみれば、蛇に睨まれたカエルの心境をたっぷりと味わっている状況だ。とてもではないが、美少女に見つめられて感激、などとは思えない。
「……あの」
沈黙に耐えきれなくなった時田シロウは、おずおずと口を開く。
それに応え、ミナカは笑った。とんでもなく魅力的な笑顔。
一瞬、安堵しかける時田シロウだが、次の瞬間、顔面を蒼白に変える。
「吊しなさい」
「はっ」
天井から降ってきたロープが、かわすことも出来ずに時田シロウの首に掛かる。
「ま、待ってください!」
時田は、泡を食って叫んだ。
「もう一度、チャンスを!」
「敗北は絶対に許さないと、既に言ってあったはずです。──そして、あなたは敗北しました」
「で、ですが──」
時田シロウは必死で叫んだ。自分の命の問題である。必死にもなる。
「あなたの作戦を私は実行しました。なのに、敗北を──」
物騒な視線が、時田シロウに向けられる。そのせいで、言葉尻は小さく消える。
口にしてはいけないことを口にしてしまった。
時田シロウはそう悟るが、今更である。そうでなくとも、ばっちり命の危険を感じている状況だったから、失言による状況悪化など、モノの数でもないかも知れない。結末は一緒だから。
「私に問題があったと?」
「い、いえ……」
視線を逸らし、うつむき加減に、慌て、時田シロウは否定する。
「では、あなたに問題があったと言うこと。ならば、吊しても問題ありませんね」
「そ、そんな〜!」
情けない悲鳴を上げる時田シロウ。
その足下の床が──
「じゃすと、あ、もーめんと!」
ばーんと、乱暴に執務室の扉が開かれる。
「……」
ミナカは、不躾な侵入者を不機嫌な視線で睨み据える。
「吊しなさい」
「待ってください!」
珍入者は、ステレオで叫んだ。
そう、珍入者は二人だった。それも、同じ顔をした。
同じ顔と言えば、珍入者二人だけではない。もう一人、いた。時田シロウだ。
「兄さん!」
時田シロウが、助けを求めるようにして叫んだ。
「……兄さん?」
ミナカは、確認するように呟いたが、その必要はなかったかも知れない。
何しろ、3人とも他人であるとは考えられないほどに、顔立ちがそっくり同じだったから。三つ子か、いや、確か、戦自研で陽電子自走砲を作った人間も時田ゴロウとか言って、時田シロウそっくりの顔をしていたから、4つ子──シロウ、ゴロウの名前から考えると、五つ子か?
「そう、私はこの愚弟の兄、時田サブロウ」
「私は、時田ジロウです」
「そうですか」
ミナカは応え、言った。
「まとめて吊しなさい」
「ま待ってください!」
三人は泡を食って叫んだ。
「その前に、我々の話を」
「必要ありません」
「碇シンジに、エヴァンゲリオンに対抗する為の手段を、持って参りました」
「……」
どうしますか?
ミナカの脇で、マリが視線で尋ねてくる。
時田兄弟が吊されるか、それとも話を聞いて貰えるかは、ミナカの判断次第。いや、マリ自身、どうでもいいと思っている風でもあった。
ミナカは、静かに考え、言った。
「話しなさい」
「は、はい」
助かった、とばかりに三人が頷く。
「まだ、安堵するのは早いですわ。話次第では──」
「そ、それは勿論」
もみ手をしそうな程にへりくだり、へこへこと三人は頭を下げる。
「私が現在開発中の陸上巡洋艦「トライデント」と──」
サブロウが言い、ジロウが次いだ。
「私が現在最終調整中の遺伝子改造強化人間、そのプロトタイプ、ナンバー07、コードネーム「鋼鉄少女」を使用した──」
そして、最後は唱和する。
「素晴らしく画期的な計画です!」
「……」
ミナカは、話半分に聞きましょうか、そんな顔で二人を見、先を促した。
「話しなさい」
「はっ」
話を聞き終えたミナカは、静かに考え込む。
この作戦は成功するのか? 否か?
「我々どもの情報収集では、碇シンジは「けだもの」であると判明しております。その辺りを突いた、鋼鉄少女です」
「いや、その辺りは保険に過ぎません。主力であるのは、我が「トライデント」の方です」
「何を言うか。主力は鋼鉄少女の方だ。兄さんのトライデントだって、ウチの強化人間、ナンバー634当たりがいないと、普通の人間には操縦不可能じゃないか!」
「何を言うか。単体で運用したら役に立たないのは、お前の強化人間の方だろう。わざわざ、トライデントのパイロットに抜擢してやったんだ」
「何を?」
「何だ!」
いがみ合いを始めた二人。
ミナカは、それを視線だけで止める。
再び硬直した二人を等分に眺め、ミナカは言った。
「良いでしょう」
頷く。
ミナカのツボを突いたのは、「碇シンジはけだもの」、この発言である。
確かに、碇シンジはケダモノだった。
「下着、見えてる」
あの言葉。
からかわれたことを、忘れることは出来ない。
あの、品が無くて汚らわしい男に、吠え面をかかせてやることが出来る?
それも、ケダモノであるが故に、作戦に填り、自滅して行くというのは、非常に魅力的だった。
「それでは──」
喜びを満面に浮かべる時田サブロウとジロウ。
そちらに暖かみの欠片もない視線を向け、ミナカは言った。
「援助しましょう」
やった、と喜ぶ二人。
そちらに、釘を差すように、ミナカは言った。
「金は出しましょう。口は出しません。──ただし、結果を出して貰います」
「勿論です」
頷く二人。
「いいですか──」
しかし、その後のミナカの口調に、彼らは喜びを抑え、真剣な顔になった。真剣に聞かねばやばい。只、喜んでいるだけではいけない。そう思わせるモノだったから。
「結果を出せなかった場合、あなた方三兄弟は、仲良く並んで吊されることになりますよ。その事を、忘れないように」
わざわざ忘れないように念押しする必要はなかった。忘れようにも絶対に忘れられないだろうから。それだけの、迫力があった。
「は、はい」
頭のてっぺんからつま先まで緊張し、気を使った恰好で、三人は揃って頭を下げた。
「……ところで」
自分の命がかかっている、少しの時間の浪費も惜しいと即座に立ち去ろうとした時田兄弟を、ミナカは呼び止めた。
「まさか、あなた方に、イチロウという名の兄がいる。と言うことはないでしょうね?」
繰り返しはギャグの基本である。とは言え、それはあまりにあんまりだろう。いい加減にして欲しい、うんざり、と言うのが、ミナカの本心である。
「勿論です」
と、時田──多分、ジロウが頷き、ミナカは安堵する。
が、それは早計だった。
「兄の名前は、タロウですから」
「……」
ミナカは、自分が何かを間違えてしまったような感覚を覚えた。
非道く質の悪い状況にはまりこんでしまったようだ、と言い変えても良い。
もしかしたら、今のうちに吊した方が良いかも知れない。
とは言え、一度は許可したことである。
仕方がないので、うんざりした顔で、お座なりに手を振って、三人を追い出すようにして退出させた。
鋼鉄少女作戦、始動。
[BACK]
[INDEX]
[NEXT]