#74 正義の味方


 その日、第3新東京市の駅に、一人の男が降り立った。
「第3新東京市……。何もかもが懐かしい」
 嘯く男を、周りの者達は胡散臭げに見つめ、そのくせ決して視線を合わせようとはせず、距離を取って通り過ぎていく。
 男の風体は異様だった。
 かつて、東京ビッグサイトで夏と冬に行われていた大規模なイベント。その会場であれば、周りの者は気にしなかっただろう。しかし、ここ、第3新東京市の駅では、明らかに場違いな風体をしていた。
 具体的に男の容貌を説明するならば、悪の秘密組織にバッタと合成されてしまった正義の味方。アレに、酷似していた。ただし、こちらはバッタではなく、亀だったが。
 男の名前は、郷田真。
 ゲヒルンによって亀との合成人間に改造されてしまった男である。
 その男は胸に決意を秘め、遂に帰ってきた。
 ここ、第3新東京市に。
 ゲヒルンの──改名して、現在はネルフを名乗る、悪の秘密結社の本拠地に。
 最終決戦は近い。


「──とは言え、まずは碇組の所在を知らねばならんな」
 郷田は呟いて、駅舎から外に出る。
 改札の人間が、ぎょっとしたような顔を向けてきたが、郷田は気にしない。
 そう言う視線には、すっかり慣れてしまった。そう言う視線を常日頃から向けられ続けてきた。だから、慣れざる得なかったのだ。
「警察に行くか?」
 しかし、下手をすると、自分が捕まってしまう危険がある。
 改造されて以来、正義の味方をやっている郷田である。
 だが、世間一般は、素直にそう受け取ってはくれない。
 何しろ、異様な風体だ。
 見た目で判断する人間は数多く、そう言う者にしてみれば、郷田はこれ以上ないくらいに胡散臭く、危なく見えるらしい。
「近くの人間に──」
 と、周囲を見回す。
 すると、こちらを怖いモノ見たさに伺っていた通行人達が、慌てたように視線を逸らすのが見えた。
 絶対にお近づきになりたくありません。
 彼らの表情が、そう言っていた。
「ちっ」
 郷田は、舌打ちする。
「さすがは、悪の秘密結社ゲヒルンのお膝元。人情も紙の如しか……」
 しかし、これではいきなり壁にぶち当たってしまったようなモノだ。
 折角勢い込んで、敵の本拠に乗り込んできたというのに。
「仕方がない。やつらが幼稚園のバスジャックをするか、ダムに毒を入れるところを掴まえて、本拠の場所を吐かせるしかないか」
 郷田は、近くに幼稚園のバスはないか、と周囲に視線を巡らせる。
 残念なことに、近場には無いようだ。
 ならば、ダムは?
 やっぱり無い。
「拙いな……」
 郷田は、顔を顰める。
 残念なことに、亀の合成人間である郷田の顔は、傍目には顰めたようには見えなかったが。
「急がねば、やつらはまた、名前を変えて潜伏するかも知れない」
 かつて、ゲヒルンと名乗った組織は、郷田の復讐を恐れて、ネルフと改名した。
 今回もまた、郷田の来襲を恐れ、再び改名するかも知れない。
 そうなれば、折角手にした手がかりも断ち切られてしまう。
「おのれ、狡猾な悪の組織め」
 郷田は、怒りを覚え、拳を握りしめる。
「ねえ、まま、アレ何?」
「指さしちゃいけません」
 駅前で一人語りをする郷田のそばを、親子連れが慌てて立ち去って行くが、郷田の耳にも目にも入らない。
 それどころではないのだ。
 何としてもこの機会に、ゲヒルンの息の根を止めねばならない。
 第二、第三の郷田真を生み出すわけには行かないから。
 このような、過酷な運命に巻き込まれる人間は、これ以上生まれて欲しくないから。
「……だが、力の一号、技の二号とか言うのには憧れるな」
 ぶつぶつと呟く郷田。
 最近は、猫も杓子もラ●イダーらしい。12人だか13人だかが一度に登場するとか言う噂も聞いている。妹でもあるまいに、そんなに登場してどうするつもりなのか。
 まあ、それは兎も角。
「まずは、動いてみるか」
 動けば、敵も行動するだろう。
 何しろ、郷田は悪の敵、ゲヒルンの敵なのだから、やつらが慌てて排除に動くであろう事は容易に想像できる。
 ならば、その攻撃を待って反撃し、敵の本拠地の所在を探る。
「うむ、それで行こう」
「あのぉ」
 と、決意した郷田に、おそるおそるという声がかけられた。
「ん?」
 と、そちらを見ると、少女が二人、郷田を見つめている。
 一人は、髪の毛を肩胛骨の辺りまで伸ばした、愛らしい顔立ちの少女。人当たりの良い、柔らかな微笑を浮かべている。
 もう一人は、シャギーの入ったショートカットの少女。どこか表情は超然としており、作り物めいた美しさを持っている。
「何かな?」
 この二人、マリナさんに匹敵するクオリティーだ。そんな、感嘆混じりの感想を抱く。
 因みにマリナさんとは、郷田の協力者である喫茶店「あみ〜ご」のウェイトレス、彼のアイドルである。
 だから、郷田は精一杯愛想良く尋ねた。やっぱり、亀の顔では愛想がいいのか悪いのか判別できなかったが。
「あの、仮面●イダーさんですか?」
 柔らかな微笑の少女が、尋ねてきた。
「いや、俺は──」
「ここで、ロケをするんですか?」
 少女は、郷田にしゃべらせず、質問してくる。
「いや、俺は──」
「私、仮面●イダーの大ファンなんです!」
 そう言えば、と郷田は思い出す。
 彼のパチモノであるテレビ番組、少女の言う仮面●イダーは、本来子供向けの特撮番組である。しかし、最近では以前と違い、若い主婦層を初めとして、子供以外の層にもファンを獲得しているという。
 目の前の少女は、そのファンで、郷田のことを、あのパチモノと混同していると言うことだろうか?
「違う」
 郷田は、正直に否定した。
 そう、自分はオリジナルなのだ。あんなパチモノのは違うのだ。
「……違うの?」
 かくん、と、ショートの娘が、首を傾げて問うてきた。見た目の雰囲気通り、どこかつかみ所の無い娘だった。
「……似てるのに」
「いや、俺はあんなパチモノじゃない。俺こそが、あのオリジナルだ」
 郷田は、自信を持って宣言した。世間一般の認識がどうであろうが、郷田の中ではこれが真実だ。
「そうなんですか?」
 柔らか微笑の少女が、ぽんと胸の前で手をうち合わせ、感嘆したように声をあげる。
「凄いですねえ。素晴らしいですねえ」
「そうか?」
 褒め称えられ、郷田は胸を反らし、鼻の穴を広げる。だが、亀の顔なので、鼻の穴を広げたことは、傍目には良く分からなかったようだが。
「あの、一つお願いがあるんですけど……」
「……お願い」
 二人の少女が並び、下から郷田の表情を伺うようにして言った。
 残念ながら、どれだけ伺おうとも郷田の表情を判別することは、難しそうだったが。
「何か困ったことがあるのか?」
 郷田は、力強く言った。
「困ったことがあるのであれば、力になろう。何しろ、俺は正義の味方だからな。遠慮することはないぞ。何なら、悪の秘密結社ゲヒルンを、君たちのために叩きつぶしてやっても良い」
「……ゲヒルン?」
 ショート少女がまた、かくんと、首を傾げる。
「……良く分からないわ」
「アレですよ、アレ。ネルフの前に、確かそんな名前だったはずです」
「知っているのか?」
 郷田は、微笑み少女の方に、勢い込んで尋ねた。
 亀の、しかも人間大の顔が、至近に迫ってくる。普通の人間ならば退いてしまう所だが、微笑み少女の方はおっとりと微笑んでいる。見た目より、神経が太いらしい。
「ええ」
 少女は、にっこりと微笑んだ。
「どこにあるんだ? 教えてくれ。俺は、正義のために、やつらの出先機関である、碇組を叩きつぶさねばならない」
「碇組でしたら、この道をず〜っと真っ直ぐに行った、街の外れですよ」
「そうか、ありがとう」
 郷田は、力強くお礼を言った。
「君のおかげで、正義が出来る。本当に、ありがとう」
「お礼なんて、良いですよ」
 微笑み少女は、にこにこと応じる。
「でも、お役に立てたのならば、一つ、お願いしても良いですか?」
「もちろんだとも」
 郷田は力強く頷く。
「どんな悪の秘密結社だろうとも、君のために叩きつぶして見せよう!」
「いえ、悪の秘密結社は、この際どうでもいいんです」
「どうでもいい? そんなことではいけない!」
「あ、はい、そうですね。悪の秘密結社は叩きつぶさねばなりません」
「うむ、その通りだ」
 微笑み少女の、いささか慌て気味の言葉に、郷田は我が意を得たりと満足げな表情になる。やっぱり、傍目にはその表情変化を伺えないが。
「でも、私たちのお願いは、ほんのささやかなモノなんですよ」
「成る程、ほんのささやかな悪の秘密結社を叩きつぶせば良いんだな?」
「いえ、違いますよ〜」
 微笑み少女は、あくまで微笑んだまま。しかし、進まない話に少し疲れたような表情も加味して、言った。
「私たちの願いは、あなたにサインをして欲しいんですよ」
「……そう、サイン、欲しいの」
 微笑み少女の言葉に併せ、ショートの少女が僅かに小首を傾げ、お願い、と言うポーズをする。誰かに仕込まれたように、完璧なお願いのポーズだった。
「いや……俺は、そう言うことは……」
 郷田は戸惑った。これまで、こんなお願いはされたことがなかったのだ。
「……駄目なのね、もう」
 ショート少女が、全てを諦めきったような表情をする。
 郷田は、自分がなんだかとんでもなく理不尽で、非道いことをしているかのような錯覚を覚えた。
「あの、お願いします」
「……うむ」
 微笑み少女にももう一度請い願われて、郷田は頷いていた。
 確かに、正義の味方の仕事とは少し違うようだが、お礼の意味もある。それに、こんなに可愛い女の子二人にお願いされているのだ。悪くはない。
 微笑み少女がどこからともなく取り出した色紙にサインする頃には、すっかり当初の躊躇いを忘れてしまう郷田である。
「ありがとうございます」
「……ありがとう。……感謝の言葉。……あの人にも言ったこと無かったのに」
「いや、これくらいは、おやすい御用だ」
 にこにこと喜び、大事そうに胸に色紙を抱いた少女を、満足した表情で見つめ、正義の味方をやって来て良かった、郷田は素直にそう考えていた。
「あの、それで、こちらなんですけど」
 微笑み少女が、なにやら大きな箱状のモノをどこからともなく取り出して、郷田に差し出す。箱は綺麗にラッピングされて、リボンが巻いてある。
「プレゼントです。受け取って貰えませんか?」
「何?」
 郷田は、感動し、喜び、それを受け取った。
 正義の味方をやっていて良かった。
 再び、そう思った。
 今なら、悪の秘密結社の一つや二つ、余裕で叩きつぶせそうなほどに、体の中に力が溢れてきたように感じる。
「ありがとう。……ここで、開けても良いか?」
 言って、即座にラッピングを剥がしかける郷田を、微笑み少女が止めた。
「あの、目の前で開けられるのは、少し恥ずかしいので……」
「……そう、恥ずかしいの」
「そ、そうか?」
「ええ、ですから、私たちがいなくなってから、お願いします」
「……お願い、なの」
「解った、約束しよう」
 郷田は、力強く頷いた。
 折角自分を慕ってくれる、応援してくれる美しい少女達だ。彼女たちが恥ずかしいというのならば、わざわざ、目の前で開けることはない。本心は、即座に開けて、どんなに素晴らしいプレゼントをくれたのか確かめたいのだが、その気持ちを抑え、もう一つ、頷く。
「わざわざ、こんなモノをくれて、本当にありがとう」
「いえいえ、私たちもサインをしていただいて。本当にどうもありがとうございます」
 微笑み少女が、にこにこと応じる。
「これからも、応援しています。頑張って、正義の味方をして下さいね」
「……頑張って欲しいの」
 そう言って、少女二人は、郷田の前を辞す。
 その姿が角を曲がって消えるまで、郷田は手を挙げて、二人に向けて降り続けていた。
 二人の方も時に振り返り、郷田の方に手を振り返してくる。
「こんなにも、自分の行動に期待してくれている人がいる」
 郷田は、二人の姿が見えなくなると、満足げに頷いた。これからも、正義の味方を続けよう。
 しかし、まずは、ゲヒルンだ。
 少女たちは、この街に暮らしているのだろう。
 ならば、この街の平和を脅かす悪の秘密結社ゲヒルンは、なんとしても、早い内に叩きつぶさねばならない。
「──だが、その前に」
 郷田は、にこにこと──亀だから、やっぱり表情は傍目に解らないが──プレゼントの中身を確かめにかかった。


「最近、何とも物騒やなあ」 
 トイレ掃除、風呂掃除も終わり、鈴原トウジはテレビを見ていた。ささやかな、休憩時間である。
「お、トウジ、お前も休憩か?」
 と、そこへ、相田ケンスケもやってくる。
 こちらも、今まで仕事──フィルムの編集作業をしていたらしい。
 そのままケンスケは、トウジの横に座り込む。
「お、なんだ、戦争か?」
 そしてトウジ同様にテレビを見、その画面に映し出されたモノを見て、喜びの表情になる。
「ちゃうわ。テロや、テロ」
「テロ?」
 それでも、ケンスケの言葉は嬉しそうだった。
「どこで? また、アメリカか?」
「いや、そこの駅前や」
「そこって、第3新東京市か?」
「うれしそうにすんな」
 トウジは呆れ、それでも更に説明する。
「なんや知らんが、駅前で爆弾テロがあったらしいで。──被害者は、なんでも、仮面●イダーのコスプレしとった男が死んで、後は負傷者が数名やそうや。なんや、訳わからんわ」
「何を言っているんだ? 凄いじゃないか。テロだぞ、テロ。う〜ん、SATが出てくるのかな? それとも、ネルフの保安部? どっちにしろ、凄い、凄い、凄すぎる〜!」
「……付き合いきれんわ」
 トウジが呆れた声を出しケンスケから視線を逸らす。
 たまたま視線が門を向き、そちらの方から見慣れぬ人間二人連れが、こちらにやってくるのが見えた。
「誰や、アレ?」
 呟くトウジに、その二人が挨拶をしてきた。
「ただいま、です」
「……ただいま」
 その声を聞いて、トウジは二人の正体を悟る。
「おかえりなさい……って、ユウキさんと、綾波?」
 その二人は、ユウキと、レイだった。
 ただ、ユウキはいつも纏めて頭の後ろで括っている髪の毛を下ろしているし、レイの方は特徴的な蒼銀の髪の毛を黒く染めている。
「どないしたんですか? その恰好は?」
「秘密です」
 ユウキはにこにこと応じ、狂乱しているケンスケを不審そうに見た。
「ああ、これはいつもの病気です。何でも、駅前で爆弾テロがあったよってに」
「まあ、物騒ですねえ」
「……そう、物騒なのね」
 ユウキとレイは、まるで人事のように言った。


 第3新東京市に派遣された、天野連合の雇った四人の殺し屋。
 その内の一人、郷田真。
 駅前で先制攻撃を受けて爆死。

[BACK] [INDEX] [NEXT]