#75 悪巧み


 年中夏の日本。その苛烈な日差しの下、白い、スタンダードなワンピースの水着に身を包んだ綾波レイの体が、宙に舞った。
 殆ど音も飛沫も上げない綺麗な飛び込みで水の中に入ると、潜水したまま泳いでいく。水を得た魚。そんな表現がぴったり来るほど、水に馴染んで見えた。
 ここは、碇邸の庭。そこのプールである。初見で葛城ミサトが、「絶対悪いコトして稼いでいる」と、日本人的な感想を漏らした豪華な邸宅。まあ、実際悪いことをして稼いで建てられた代物な訳だが、プールだって付いているのである。
「──で、ですねえ。第5使徒戦に於いて、結局は通常兵器が通用したのは、充分以上、EVAに弱らせてからだったわけですけど、それでも、ある程度の効果はあったと思うんですよね」
 プールサイドに設置した、丸テーブルの一角に座ったユウキが、口を開く。こちらも、レイ同様に水着姿。ノースリーブで肩口の開いた淡いイエローの水着。特にカットが大胆でも、布地が少ないわけでもないだのが、健康的な色気のようなモノを感じさせる。
 現在、ここでは碇組の首脳部により、今後の方針会議が行われている。何故、ネルフ本部内ではなく、家のプールサイドなのかと言えば、ユウキがそれを望み、シンジが首を傾げつつも同意したからである。元々、ネルフに入ることが駄目な人間もいるわけだから、それも悪くはないだろう、そんな感じで。
「──あの? 日向さん、まじめに聞いてくれてますか?」
 返事がないのを訝しげに、ユウキが尋ねる。
「……あ、ああ、もちろんだよ。間違っても、ユウキちゃんの胸元に視線を奪われたりはしていないぞ」
 慌てた感じで、対面に座っていた日向マコトが言う。墓穴を掘る。その実例のような発言である。ちなみにこちらも水着、茶色のトランクスタイプのモノ。上には背中にネルフ作戦部と書かれたパーカーを羽織っている。
「……不潔」
 ジト目で日向を見やり、ぼそりと呟いたのは、矢張りテーブルに付いている伊吹マヤである。自分の前に端末を置き、キーを叩いているのは、議事録を取っているのだろう。こちらも、矢張り水着。ピンク色でヒラヒラスカートの付いたワンピース。年齢からみれば、いささか似つかわしくないような幼いデザインだが、顔立ち、スタイル共に、違和感を感じさせない。
「マコト、お前、いろいろと吹っ切れすぎじゃないか?」
 黒ビキニの青葉シゲルが、呆れたように呟く。
 日向は、今までの真面目の反動か、ずいぶんとそちら方面に目覚めてしまったらしい。何でも、シンジの経営するある種の店の、飛び切りの常連であるらしい。勿論、貰った割引券は既に使い切ってしまったようだ。猿に……を教えてしまったような状態である。
「日向さん、真面目にやりましょうね」
 にっこりと、しかし怖い目で、シンジが告げる。
「ああ、もちろんだよ」
 本気で慌て、日向が汗を拭う。やばい、命のピンチだ。そんな感じで、表情を真面目に引き締める。
「ええと、ユウキちゃんの言うことも理解できる。使徒にはEVA。確かに、ATフィールドの存在があるから、そう言われてきたけど、現実、EVA以外の攻撃でもそれを無効化──貫くことが可能なのは、戦自の陽電子自走砲、JAの原子熱線砲「バベル」で証明されたからね」
 陽電子自走砲は、使徒が発生させた不可解な斥力場によって的を外されてしまったとは言え、充分以上の威力を持っている。原子熱戦砲「バベル」の方は、こちらも的は外したが、実際にEVA初号機の展開したATフィールドを貫いて見せている。
 そして、どちらも、ネルフに──シンジに接収されている。
 陽電子自走砲に至っては──
「勿論です。私の開発したモノですからね」
 はっはっは、と自慢げに笑ったのは時田ゴロウである。現物どころか、そのまま、シンジ一家に組み込まれてしまった陽電子自走砲開発者の時田ゴロウである。時田ゴロウも矢張り水着で、こちらは水泳パンツという言葉のイメージそのままの、シンプルなモノだ。
「確かに、アレは化け物ね。何を考えてこれだけの冗長性を持たせたのか」
 呆れたように赤木リツコが論評する。
 陽電子自走砲は、日本全国の電力を徴収して──などと言う、大規模な使用法は考えられていなかった。壊れて当然、使い捨てのつもりで使用したというのに、幾つかの不具合を発生させたモノの、本体は致命的な損壊を免れて健在である。波動砲、充填120パーセント、おいおい、常に100パーセント以上の充填率で使用して大丈夫かよ、などというレベルですら凌いでいたのに、だ。その冗長性は、冗談のように高い。高すぎだ。真っ当とは思えないほど。
 因みに、リツコも水着姿である。特に水泳を趣味にしているとも思えないのだが、何故か黒の競泳水着。機能よりも似合うか似合わないか。それだけを考えてチョイスしたのだろう。だから、充分に似合っている。スタイルも良いこともあり、大人の格好良い女性、そんな感じだ。──だが、上から羽織った白衣が全てを台無しにしている。格好良いと言うよりはマッド、勿論、当人に向かってそれを指摘するような勇気のある者はいない。
「巨艦巨砲は、男のロマンですよ」
 時田ゴロウが、何を当たり前のことを尋ねるのですか?、そんな顔で応じる。
「一撃必殺の主砲、波動砲とか、グラビ●ィブラストとかを目指しました──ですから、破壊力を得るために、予算と技術の許す限りのモノを突っ込みました」
「まあ、そのスタンスは理解できるわ」
 リツコが頷く。
 出来ることを全て突っ込んだハイエンドの品物を作る。技術力その他に自負があれば、是非ともやってみたい事だ。ネルフのマギやEVA初号機もそう言った代物だ。赤木ナオコ、碇ユイと言った天才が、やりたい放題にやって完成させた、ハイエンド品。各国支部のマギコピーや、弐号機以降の量産型EVAなどは、幾つかの不必要と思われる機能を搭載しない──極言してしまえば廉価版である。と言っても、多くは意味のない趣味的、高度な技術を誇るためだけの機能であるため、スペック的には大差ないが。
 ところで、リツコには未だ、やりたい放題してモノを作る、その経験はない。無いが、いつか機会を捉えてやってみたいと考えている。現状ではとても、予算も時間も足りないが。
 プール中央では、綾波レイが仰向けに浮かんでいる。体の力を抜き、リラックスしきっているようだ。
「ええと、話を戻します」
 時田ゴロウとリツコが技術論を展開するようなことになっては堪らないと、日向が口を挟む。
「陽電子自走砲、原子熱戦砲は、効果的な打撃力を持つ。的を散らすと言う役割も期待できる。両者の攻撃で気を引いているウチに、EVAで接近、殲滅。あるいは逆に、EVAが足止めをしている間に狙いを付けて──どちらも大物で移送が難しいから、火点を決めてそこに誘導するという手順が必要になるけど──、集中砲火にて殲滅。兎に角、そう言う方法もある。──更に言えば、EVAにATフィールドを中和させれば、通常兵力による攻撃も期待できるだろうね」
「ええ、そうなんですよ」
 ユウキは、言わんとしているところを理解して貰い、にこやかに笑う。
「兵装ビルは、これまで今ひとつ以上有効利用できていませんけど、やりようによっては充分な兵力になると思うんですよ。──それに、単純な打撃力以外の使用方法も、考えられると思うんですよね」
「具体的に、それは、何かな?」
 興味を持ったらしい、日向が僅かに身を乗り出して、尋ねる。
「それはですねえ」
 ユウキも同様に身を乗り出す。
「……こほん」
 シンジが、咳払いをする。
 身を乗り出したことによって強調されたユウキの胸の谷間に視線が降りていた日向は、慌てて姿勢を正す。
「……不潔」
 マヤの呟きに、日向はますます慌てて冷や汗を拭う仕草をする。
「……し、失礼。ユウキちゃん、続けてくれるかい?」
「ええ」
 胸元を押さえ、こちらも身を退いたユウキが、口を開く。
「嫌がらせに徹するようなモノの使用、と言うのはどうでしょうか?」
「嫌がらせ?」
「そうです。攻撃力は無くても良いんですよ。足止めとかに徹するような。──例えば、トリモチとか、ロープの類で移動を制限する。それだけでも、充分に意味はあると思うんですよ。足止めできた地点が、火砲の集中する場所とかだったら、攻撃時間を長くとることが可能。即ち、より多くの攻撃をたたき込めると言うことですから」
「面白いと思うけど、それは、どちらにしろ、強度的な問題のクリアが必要になってくるわね」
 尋ねるような視線を向けられたリツコが、頭の中で思案しながら応じる。
「なかなか難しい要求ね。──それに、強度的な問題がクリアできたとしても、今度は逆に、ロープなんかだと切れたときの危険が増すことになるわね」
 ロープが切れると言うことは、強度以上のテンションがかかったと言うこと。切れたロープは、そこにかかっていた力に相応しいだけの威力を持った鞭となって、周囲のモノを叩く──下手をすれば切り裂くだろう。限界まで伸ばしたゴムが切れて当たったら、痛い。規模こそ違うが、それと同じ事である。EVAはATフィールドがあるから大丈夫だろうが、兵装ビルくらいならば、切り裂いてしまうかも知れない。いや、確実に切り裂くだろう。
「残念」
「でも、考えとしては面白いと思うよ。……嫌がらせか」
 言葉通りに残念そうな顔をするユウキを慰めるというわけでもなく、日向は頷いて自身でも考え始める。
「そうっすよ。足下に段差を作ってやるだけでも、歩行している奴なら、充分に移動力を殺げますっすから」
 青葉も頷き、アイデアを出す。第4、第5使徒の様な空中浮遊型は兎も角、第3使徒的の様に、移動方法が基本的に歩行であれば、段差だって充分である。只、この場合はEVAも、矢張り足を取られる危険が出るが。
「まあ、何にせよ、EVAと発令所、兵装ビルとの連携が問題になってくるわね。その辺りの取りまとめ、要はユウキちゃんにやって貰えば問題ないでしょうから、問題はそれ以外。ウチの人間の練度ね」
 その危険を素早く理解して注意点を指摘しつつ、リツコも頷く。何だって、やってみる価値はあるのである。駄目なら、改良、あるいは、撤廃もあるかも知れないが、たくさんの引き出しを用意しておいた方が良い。
 その背後で、レイがゆったりと平泳ぎでプールを縦断している。
「まあ、訓練成果は順調に上がっていると思うんですよね。実際、前回のJA戦における、給電設備や臨時発令所の準備なんかは、及第点を与えられますから」
「そうですね。どっちにしろ、動き出さないことには、上達しようもないですし」
 何もしないで放っておけば、そのままである。訓練すれば、それなりに上達していくだろう。
「その辺りのスケジュール管理は、日向さんにお任せしますね」
 作戦部のナンバー2、日向マコト。元ナンバー1、葛城ミサトは戦闘時の指示には熱心だったが、それ以外の平時の仕事には全く興味を持っていなかった。その為、自然、日向がそうした仕事をすることになってきていた。その辺りは、これからも変わらないようだ。
「解りました」
 自身の立場に納得しているのか諦観しているのか、日向は頷き、リツコの方に視線を向けた。
「試案作りやシミュレーションに、マギを使用させて貰えますか?」
「解ったわ。出来るだけ時間を開けておくようにするから、事前に連絡を頂戴。──後、その為のソフト作成の方は、マヤ、あなたにお願いするわ」
 マギのメンテナンスだけでなく、その使用の割り振りも、リツコの仕事だ。リツコは頷き、横に座っているマヤに視線を向けた。
「え〜、私ですか?」
 マヤが悲鳴を上げる。
「そう、あなたもそろそろ独り立ちしてもいい頃でしょ?」
 何のかのと、リツコの助手的立場に満足しているマヤである。能力がないわけではない。だから、これからは単独でも仕事をして貰うようにしてもらわねば、リツコが保たない。
「でも、ここの所、過剰勤務気味なんですよ〜」
「……私にそれを言う?」
 リツコが、少しばかり額に青筋を浮かばせて尋ねる。ネルフ1の過剰勤務をしている人間と言えば、異論なくリツコだろう。
「でもでも、私には無理ですよ〜」
「最終チェックは、勿論私がするから大丈夫よ」
「う〜」
 それでも不満そうな顔をするマヤ。
「マヤさん、頑張って下さい。──頑張ってくれたら、ちゃんとご褒美を」
 そこで、シンジが口を挟んだ。
「ほんと?」
 ぱ〜っと、顔を輝かせ、マヤが尋ねてくる。
「勿論ですよ」
 シンジが頷く。
「う、うん、頑張る」
 ちょっぴり赤くなって、マヤは頷く。
 この件は解決したと、日向が話題を変える。
「──さて、後、兵装ビル関係の武装についても、考える必要がありますね。後、EVAの携帯用火砲の方も」
 これまでは単機での戦闘であり、シンジが接近格闘戦タイプであったために重要ではなかったが、レイの零号機が投入可能となれば、後方よりの援護射撃等も期待できる。その為には、パレットガンでは威力に問題がある。兵装ビルも同様である。
「従来品では、今ひとつ威力が足りない、か」
「ATフィールドを抜きにしても、結構、硬いですからね、アレ」
 倒された、死体の残った第4,第5使徒の硬度は調べられている。
「おまけに、あいつら自己修復までするっすからね。下手な攻撃を加えても、効果が無いどころか、有害ッスからねえ」
 青葉が、首を振りながら告げる。勘弁してくれ、そんな顔だ。
 更には、機能増大の能力まで持つ。傷を与えただけでは回復し、それと同時に機能拡大まで成されてしまうかも知れないのだ。ちまちまとダメージを累積させていくというやり方は、避けた方が良いだろう。一気に殲滅出来るような攻撃でなければ、逆に使徒の強化──進化を促すだけに終わってしまうかも知れないのだ。その為には、現行品では今ひとつ威力が足りない。
「武装強化か」
 リツコが、うんざりしたような顔をする。
 マヤに一つ仕事を押しつけても、リツコがやることは、非常に多い。技術的、科学的な部分は、その殆どがリツコの職分になるのだ。今回の武装強化は勿論、その他、マギやEVAの管理だってリツコの仕事だ。それだけでも、普通は手に余る。全く、うんざりするほどに忙しい。使徒襲来以前の暇な状態が懐かしいと、かつてはその状況を嫌っていたはずなのに考えてしまうリツコだった。
「その辺りは、私が引き受けましょう」
 そこへ口を挟み、時田が請け負う。
「正直、私はEVAは専門外で、そっちには欠片も役に立ちませんからね」
「助かるわ」
 リツコは素直に応じる。
 確かにその言葉通り、EVAは時田の専門外で、任せることは出来ない。しかし、通常兵器であれば、陽電子自走砲を作り上げたほどの人間である。充分以上、その能力は信用できる。
「しかし──これで、またあの子に怒られるのか」
 日向が、困ったように呟く。
「あの子?」
 また、ろくでもない助平な話か?
 そんな非難の視線が集まってきたのに慌て、日向が説明する。
「変な話じゃないですよ。──ほら、兵装ビルの建設やらを任せている、埴輪土木の社長です。あの、女社長」
「瑞海社長?」
「そう、あの子です。──今、兵装ビルは殆ど壊れて壊滅に近いじゃないですか? だから、修復を急いでくれ、って注文出したら、ウチの社員を殺す気かって、怒鳴り込まれたんですよ」
「まあ、確かに過剰労働かも知れませんねえ」
 毎日毎日、夜遅くまでどこで工事が行われている第3新東京市である。おまけに、直してもすぐに壊れてしまう。折角直したのに、と、賽の河原に石を積むような気分か。いざとなったら仕事を作るためにEVAでわざと転倒してビルを破壊ことも考えていたのだが、今のところ、その必要は欠片もなかった。逆に、仕事がありすぎて手が回らない状態だ。
 どこもかしこもそんな状態。良く無いなあ、とユウキ。
「おまけに僕を見て、ますます怒っちゃったんですよ。──なんだか、興奮してて、訳わかんないことを言っていましたけど──確か、あんたみたいな男がかけるのは、眼鏡に対する冒涜とか、眼鏡って言うのは女の子がかけるモノだとか、眼鏡っ娘さいこーとか何とか……彼女も疲れているんですかね?」
「ユウキ、お願い」
「はあ、解りましたよ」
 シンジに請われて、ユウキは疲れたように頷いた。
 その背後では、レイがゆったりと背泳ぎをしていた。

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