#78 男の友情
「いや〜、シンジ君、実はちょっと困ったことになっちゃってさ〜」
と、ちっとも困っていなさそうな口調で鴉葉ツキが碇邸にやって来たのは、今後の方針会議をやった、次の日である。
「どうかしたんですか?」
また、金を貰おうという魂胆か? あんまり調子に乗ると、コンクリに詰めて沈めちゃうぞ。
そんな口調で、ユウキが尋ねる。
「本当に困ったことになったんだよ〜。僕を信じてよ〜」
ユウキの言葉に含まれたニュアンスを正確に理解したらしく、鴉葉が少々慌て気味に懇願する。
「──で、何が困ったことなんですか?」
シンジが、尋ねる。何にせよ、事情を聞いてから。その後、コンクリにするか、希望の金額を出すか決める事にする。
「監察室がうごいちゃったんだよね〜、これが」
監察室。警察内部の独立した部署で、警察官の不祥事やらを調べる場所である。例えば、落とし物の財布をわざわざ届けたのに、猫ばばしたことにされてしまった場合、新聞等のメディア関係を利用するのも良いが、ここに訴えるのもいい。そう言う部署である。
「ああ、大変ですね」
「そんな〜。人事みたいに〜」
だって、人事だし。
シンジ、ユウキがそんなニュアンスの視線をかわす。
「お金は充分に与えているでしょ? 領収書要らないからって、思いっきりプールしてあるのを使って工作すればいいだけじゃないですか」
鴉葉は、シンジに貰ったお金の大半を、自分用に取っておくようにしている。
「……あれ〜、ばれてるの〜?」
「もう、見事なくらいにばっちりと」
ちっとも悪びれない鴉葉に、シンジが冷たく知らせる。
鴉葉はわざわざ他人名義で預金しているのだが、その辺り、マギを使えば一発である。それを、わざわざ説明することもない。
「きちんと働いてくれるから、目をつぶってましたけど、働かないなら、返して貰いますよ」
ついでに、鴉葉さんは行方不明=コンクリ付けて沈んで貰います。
「やだな〜。ボク、ちゃんと働いているじゃないですか〜」
「だったら、今回も自分で何とかして下さいよ。警察関係は、全て鴉葉さんに一任しているし、それくらいやってくれてもバチが当たらないくらい、お手当あげているでしょ?」
「でも〜、今回はちょっと勝手が違うし〜」
「?」
「監察室から派遣されてきた人間が、お金や女性に興味がないって言う変人なんだよね〜」
「え?」
「へ?」
ユウキ、シンジが目を丸くして視線を合わせる。
「なんでか知らないけど〜、正義に燃えて警察官になったって言う、もの凄い変人なんだよ〜」
「うわあ、無茶苦茶変な人ですねえ」
「何が楽しくて、人生生きているんだろう」
ユウキ、シンジも不思議そうに、呟く。
今、ここにはいないが、もしリツコが聞いたら、「これだから一つ目国の住人は……」と頭痛を覚えたかも知れない。
「じゃあ、家族と仲良くするとか」
勿論、一般の意味の仲良く、ではない。#28でシンジが保安部員相手にやった、世間話と同様な、仲良く、である。
「セカンドインパクトで、家族はいないんだよね〜」
セカンドインパクトとからその後の混乱で、人は死にまくっている。天涯孤独の人間は、珍しくない。
「恋人と仲良く……」
「恋人も募集中らしいし〜」
「じゃあ……」
「どころか、友人関係もほぼ皆無〜。そりゃそうだよね〜。そんな変人とつきあいたい人間なんて、まずいないし〜」
「確かに、そんな変人、嫌だし」
顔を顰め、シンジ、ユウキが呟く。
「じゃあ、手っ取り早く行方不明に──」
「それも、拙いんだよね〜。そうなったら、今度こそ、本格的な調査の手が入るかも知れないし〜。流石に、全部を抑えるのは、難しいから〜」
「お手上げって、事ですか?」
いざとなったら、鴉葉さんに全てを押しつけて、行方不明になって貰おう。そんなことを考えているから、シンジにはまだ余裕がある。
「なんだか、シンジ君が素敵なことを考えているみたいだし〜」
「ユウキ、コンクリの用意、誰かに命じといて」
「うわあ、本気で行動に移るし〜」
「やだったら、自分で何とかして下さいよ。なんか、余裕あるみたいだし、手はあるんでしょ?」
「あれ? ばれてる〜?」
へらへら笑う鴉葉に冷たい視線を向け、シンジは先を促す。
「ちょっと、人間を貸して欲しいんだ。実はね、その人──」
鴉葉はシンジの耳元に口を寄せて、小声で囁く。
それを聞いたシンジは、顔を顰める。
「マジですか?」
「本当だよ〜」
「何なんですか?」
聞こえなかったユウキが不満そうに頬を膨らませる。
そのユウキを引き寄せて、シンジが耳元で囁く。
「まあ」
ユウキが、にっこりと表情を綻ばせる。
「本当ですか?」
「喜んでるし」
呆れた口調で、シンジが呟くが、次のユウキの発言に、顔色を変える。
「ここは、是非、後学のためにもシンちゃんが」
「絶対に嫌だ」
「我が儘言っていないで。何事も、経験ですよ。逃げちゃ駄目ですよ、シンちゃん、何よりも、自分から」
「だから、絶対にやだって」
シンジは、心底嫌そうに首を振った。
「ユウキ、コンクリを。──鴉葉さん、お世話になりました。あなたのことは、なるべく忘れません」
「ちょっと待ってよ〜。別にシンジ君じゃなくても、問題ないわけだし〜」
「そう言われれば、そうですね」
シンジが頷く。
「え〜、駄目ですよ。シンちゃんが良いんですよ」
「だから、絶対にいや。マヤさんに「不潔」って言われちゃうでしょ?」
「いいえ、マヤさんだったら、「素敵」って言ってくれますよ」
「根拠もなく、断言するし」
シンジは、ユウキをうっちゃって、鴉葉に向き直る。
「それじゃあ、適当に用意して──」
と、そこで、トウジが顔を出した。
「センセ、トイレの掃除、終わりましたわ」
「ああ、ご苦労様です。次は、お風呂の掃除を──」
と、言いかけたシンジの袖口を、鴉葉が掴まえる。
「ん?」
「彼なんて、良いんじゃないかな〜? ほら、その人、実は体育会系だから〜」
「体育会系?」
シンジは、トウジを眺めた。
年がら年中、ジャージで押し通しているトウジ。
良いかも知れない。
「ええと、鈴原君」
「な、なんでっか?」
いきなり一同の視線を向けられて、トウジが戸惑い、首を傾げる。
「君に、特別な仕事を与えます」
「え?」
トウジは、顔面蒼白になる。
特別な仕事?
それは、もしかして鉄砲玉?
そんな連想をしたらしい。
「ああ、鉄砲玉じゃないよ。僕がクラスメートの鈴原君に、そんな非道いことする訳無いじゃないか」
「そ、そうでんな。セ、センセは素晴らしく優しい大人物でっから」
もみ手をしながら、トウジが応じる。
「実は、もっと非道い極悪人ですけどねえ」
「ユウキ」
混ぜっ返すユウキを咎め、黙らせると、シンジはトウジに、その仕事を説明した。
「ちょっと、重要人物がやってくるんで、その接待役をして欲しいんだ。いや、別に難しく考える必要はないよ。美味しいモノを食べて、歓談してくれれば、それで充分だから。きっと、趣味も合うと思うし」
言って、シンジはにっこりと笑った。詐欺師の笑みで。
場所は変わって時間も流れ、第3新東京市駅前にある豪華ホテル、そのホテルにあるやっぱり豪華なレストラン。
テーブルには、山と積まれた豪華な料理の数々。
「ホンマ凄いごちそうや」
トウジは、その料理を、目を丸くして見つめた。
日本、それも第3新東京市に限定するならば、セカンドインパクトからの復興はなり、飢えると言うことは、まず、無い。それも、第3新東京市がネルフの街で、優先的に金や資材や人がつぎ込まれたためである。しかし、世界中に視線を向ければ、飢えに苦しめられている人間は少なくない。幸いなことにトウジは、親がネルフ関係者であり、これまで、飢えとは無縁の生活を送ってきた。それでも、こんなに豪華な食事とは、縁がなかった。
「ホ、ホンマにこれ、食べてもええんですか?」
「遠慮しないで食べてよ〜」
鴉葉が、気楽な口調で告げる。
「せやけど、ワイ、こういう場所でのマナーも知らんし……」
「気にしなくても良いし〜。今日、ここはボクらの貸し切りになっているから〜、周りの目を気にする必要もないし〜」
「そうでっか?」
それでも、おそるおそると言った風情のトウジ。
そこへ、もう一人、今日の接待の相手が口を開いた。
「そうッスよ。食べたいように食べるのが一番ッスよ」
その男は、身長2メートルを超えるような大男だった。全身、筋肉で出来ています。そんな、がっしりとした体型。顔立ちの方も非常にがっしりしており、頭は角刈りで、どこからみても体育会系。そんな男だった。
「自分も、礼儀作法なんて知らないッスから、ここは、遠慮なくいただくのがいいッスよ」
「ほな……」
トウジはおそるおそる、料理に手を出す。
箸でつまんで一口、二口。
すると、その後は止まらない。
豪華で高価なだけあって、その料理は美味しかった。普段食べさせて貰っている、ユウキの手料理も美味しいが、その方向が違う。ユウキの料理は、毎日食べても飽きないような家庭料理──いわゆる、お袋の味。こちらは、特別な日に食べるような、豪華で特別な味。優劣を競うのは馬鹿らしい話だが、手間や金がかかっているのは間違いなくこちら。それに、ユウキの手料理は、放っておいても毎日食べられるから、こちらには希少価値もある。
トウジは、最早周囲の目を気にせずに、猛然とかっこんで行った。
接待、ちゅうんは、全く美味しい仕事やな。文字通り、美味しいし。流石、シンジさんや。こんなええ仕事を任せてくれるなんて。ワイは、一生ついていくで〜、と決意を新たにしたりする。
「いいッスね。その食べっぷり。自分も負けられないッスよ」
男の方も、トウジに対抗するように猛然と食べ始めた。
二人とも、食い散らす、と言う感じで、料理をした人間が見たら、もう少し味わって欲しいと、なんだか非常にがっかりしそうな勢いである。
鴉葉は、一人にこにこと見守っていたが、頃合いを見て、二人の勢いに少々唖然とした顔をしているボーイに命じ、飲み物を用意させた。
──トウジのために。
「はっ?」
トウジが目を覚ます。
「知らない天井や」
と、ぼんやりと、鏡張りの天井を見上げて呟く。
頭の芯に、鈍い痛みが感じられる。
「何で、ワイ、こないな所で……」
呟き、記憶を探る。
一生懸命、豪華な料理を平らげていたところは覚えている。それが、不意にめまいを感じて──そのまま、気が付けば、ここ。
「ワイ、一体どうしたんや?」
もしかして、やばい病気やろか?
ちょっとした不安を感じながら、体を起こすと、周囲の確認もする。
トウジは、丸い大きなベッドの上で休んでいたようだ。どうやら、ベッドはウオーターベッドらしい。枕元には、いくつの不審なスイッチが付いている。
「ここ、どこや?」
と、首を傾げたところで、部屋の扉の一つが開いた。
反射的に視線をやると、そこから、件の男が姿を現した。
シャワーを浴びていたらしく、上半身裸で、タオルを使って頭の水気を取っている。
「気が付いたッスか?」
男は、にかっと、非常に男臭い笑いを浮かべた。
「食事中に突然、ぶっ倒れるから、吃驚したっすよ」
「ワイ、倒れたンでっか?」
男は頷く。
「それで、取りあえず、休ませたわけッスよ」
「お手数おかけして、えろうすみまへん」
「気にすることは無いッスよ」
男は、言って、トウジの方に踏み出した。
「所で、君は、男の友情について、どう思うッスか?」
「へ?」
何をいきなり、と、首を傾げるトウジ。
男は、更にトウジの方に一歩進む。
その拍子に、男の腰に巻いていたタオルが落ち──落ちなかった。
止めていたのが外れ、本来ならば床に落ちるはずなのだが、男の足の間の何かに引っかかるようにして、落ちなかった。
「へ?」
「男の友情、素晴らしいッス! 男の友情の前には、女なんて、いらないッスよ!」
「へ? は?」
ここに来て、トウジはようやく、自分がピンチであることを理解した。
「さあ、二人で友情を深めあうッス。それは、とても素晴らしい事ッス!」
「い、いやや〜!」
トウジは絶叫した。
「ワイは、結婚するまで処女でいたいんや〜!」
しかし、しっかりと作られた部屋の壁は、トウジの悲鳴を外に漏らさなかった。
翌日の学校。
シンジは自分の席に座り、ユウキとにこやかに談笑している。たまに、そばにいるケンスケが追従じみたことを口にする。いつもと変わらぬ、朝の風景。
「……おはようや〜」
そこへ、何故かすっかり憔悴しきった鈴原トウジが、やけに微妙な歩き方で入ってくる。
「ああ、鈴原君、おはよう」
シンジは、罪のないにこやかな表情で、トウジに挨拶する。
「昨日はどうもご苦労様。──君のおかげで全てが上手く行ったよ」
「昨日……」
トウジはぼんやりとした口調で呟き、次の瞬間、クワッとばかりに目を剥いた。
「ワイは、ワイは……」
「どうしたの?」
「お。おのれや。おのれがワイを売ったんやな?」
「何のこと?」
「何のことや無いわ〜! 惚けても、しっかりわかっとるんやで〜」
トウジは、絶叫した。
「ワイは、ワイは……おのれを殴らな気がすまへんのや〜!」
「おい、トウジよせ。死ぬぞ!」
シンジに躍りかかろうとするトウジ。
慌て、ケンスケが制止しようとするが、それは叶わない。元々、両者の運動神経には格段の違いがある。
トウジは、シンジの胸ぐらを掴み上げ、そこで止まった。
シンジが、冷たい目でトウジを見ている。
それだけで、蛇に睨まれたカエルの如く、トウジの動きは止まった。
やばい、命のピンチ。
それに、ようやく思い当たったらしい。
「何かな? 鈴原君?」
冷めた、シンジの口調。
横では、ユウキが常のように微笑んでいる。しかし、微妙に視線が冷たいように感じる。
「……トウジ、直ぐに謝れ。マジで死ぬぞ」
ケンスケが、トウジに小声で囁く。
トウジは、ゆっくりとそちらを向いた。
「おのれや、おのれ。ワイはおのれを殴らな気がすまへんのや〜!」
「ちょっと待て、何で俺が!」
「ええから、殴らせよ。せやないとワイは、ワイは──」
涙を流しながら、トウジはケンスケを殴り飛ばした。
「おかしな人だねえ」
「本当にそうですねえ」
シンジ、ユウキは人事のような口調で呟いた。
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