#79 迫り来る嵐


 夜の海上。
 空母オーバー・ザ・レインボウを旗艦とする、国連軍太平洋艦隊は、サセボを出、進路をヨコスカへと向けて航行していた。
 その間、この艦隊を指揮する提督は、非常に不機嫌だった。
 「人形の輸送」
 高々そんな任務に、栄えある我が太平洋艦隊が使われる。それも、顎で。
 子供のお使いではないのだ。
 そうした思いがあった。
「全く、ネルフに使徒にEVAか」
 吐き捨てるように口にする。
 太平洋艦隊は、セカンドインパクトを生き延びた艦船を中心に構成されている。現在では、既に老朽艦といえるようなモノも多い。それは、提督も理解している。今の世の中では、少々時代遅れと見られる向きもある。それも理解する。しかし、性能だけが全てではないのだ。自分の艦隊。鍛え上げてきた人員。そうした自負もある。だから、こんな下らないお使いクエストに、心は躍らない。
 しかも──
「子供に戦争させるだと? 我々軍人は、それをさせないために存在するはずだ。学者どもの人形遊びにつきあわねばならない理由が何処にある?」
 基本的に、提督は善人だった。自然に、民間人は守るべきモノ、と言う意識がある。後方の平和を守るため、自分たちは命がけで戦うのだ。子供を矢面に立てるなど、もっての他だと、考えている。
「しかし、委員会はその「人形」に期待しているようです」
 副官が、宥めるように口にするが、提督の機嫌は良くなったりしなかった。
「ふん、謎の人型決戦兵器に、少年少女のパイロットが人類の未来をかけて戦う? まるで、カトゥーンだな」
「全く、その通りですね」
 吐き捨てるように口にする提督に、副官は苦笑を漏らす。
 全く、質の悪いカトゥーン、この場合、ジャパニメーションと言った方が良いか?、の様な状況だ。
「戦争は、我々プロの軍人に任せておけばいいのだ。学者どもは、引っ込んでいろ」
 ファッ●だのサノバ●ッチだの、口汚く罵る提督を、副官は矢張り苦笑しながら見つめる。
「それで、悪の科学者どもの方から、何人かこちらにやってくるそうです」
「ネルフか?」
「なかなか、いい表現だと思いませんか?」
「うむ、Aマイナーをくれてやろう」
「厳しいですな」
「世の中は厳しいモノだ」
 厳粛な口調で告げ、それから、再び提督は顔を顰めた。
「しかし、やつらは何をしに来るんだ? ヨコスカに入るまでは、こちらの仕事だろう?」
「さあ?」
 副官は、肩をすくめた。さすがは、本場アメリカの「肩をすくめる」である。たまにユウキらのやるモノとは、熟練度が違った。
「多分、今日が火曜日だからじゃないですか?」
 下らないアメリカンジョークで、解らないと告げる。
「ふん、学者どもの考えていることは、わからんと言うことか? まあ良い。どちらにしろ、我々は我々の任務を果たすのみだ」
「それが、軍人の勤めですからな」
「そうだ。だが、我々の職分に踏み入ることは、絶対に許さん」
「解っております」
 副官は頷いた。
 提督は──いや、提督だけではなく、この太平洋艦隊に所属する殆どの人間達は、ネルフが戦っている使徒と呼ばれる敵生体について、詳しいところは全く知らされていなかった。
「それで、お客さんは何をしている?」
 提督が尋ねる。
「部屋でくつろいでいるんじゃないですかね?」
「全く、あんな少女を戦わせねばならないとはな」
 苦渋の表情になり、提督は呟く。それから、表情も口調も改めて、告げる。
「そちらには、出来る限り不自由をさせるな。我々の出来るだけのもてなしをしろ」
「それが、せめても、ですな」
「だが、あの随員の方は目を離すな。──あいつは、何か気になる」
「はい、了解しました」
 副官は、完璧な敬礼をして頷いた。


 OTRの飛行甲板。そこに寝そべり、男が星を見ていた。無精ひげ、後ろで無造作に縛った髪の毛。着ているモノもどこか崩れているが、そのだらしない、と言うのが一つのスタイルになっており、格好悪さとは無縁である。
 がなり立てる、脇に置いたラジカセの音楽を聴くとも無しに、只、星を見上げる。
「あ〜あ、明日にはもう日本か〜」
 その男に聞かせるように、男と同じように脇に寝転がった少女が声を出す。頭の下に広がった、赤い髪の毛。顔立ちは整っている。公平に見て、美少女だ。それも、飛び切り。同じように飛び切り、気も強そうだが。
「お昼には迎えが来るって言うし、ちぇっ、加持さんともしばらくお別れね。つまんないわ」
「日本に着けば、新しいボーイフレンドもいっぱいできるさ」
 男、加持リョウジは、体を起こした。
「サードチルドレンは、男の子だぞ?」
「馬鹿なガキに興味はないわ」
 少女は、切り捨てるように言った。それから、甘えるような声を出す。
「私が好きなのは、加持さんだけよ」
「馬鹿なガキか……」
「え?」
 呟く加持に、少女は不審そうに視線を向ける。
「アレは、とてもそんなタマには思えないな」
「加持さん、サードにあったことがあるの?」
 少女が首を傾げながら、尋ねる。
「いや」
 加持は首を振って否定し、続ける。
「俺も会ったことはない。──そういや、アスカは知らされていないんだったな」
「何を?」
「いろいろと、さ」
「機密機密機密機密。つまんないわよ。みんなして、人のことを子供扱いしてさ」
「まあ、ネルフの秘密主義は、総司令から始まって、各支部まで共通だからな」
「でさ、加持さん、サードって、どんな奴なの?」
「あれ? アスカ、興味があるのか?」
 からかうように、加持は少女──セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーに尋ねる。
「まっさか。私が興味あるのは、加持さんだけってのは本当よ。──でも、そいつ、向こうに着いたら私の下に付くんでしょ? だったら、知っておいて、損はないかなって」
「まあ、明日にでも会えるんだ。今は秘密、だな」
 勝手に自分の下に付くと決めつけているアスカに苦笑し、加持は誤魔化すように言った。
「え〜、そんな〜」
「実を言うと、俺も興味があるんだ」
「え? 加持さんも?」
「ああ」
 加持は呟き、後は頭の中だけで、発声はされなかった。
「碇ムテキの正統後継者、碇、シンジ君か。さて、どんな少年か。──楽しみだな」
 口元に笑みを浮かべ、加持はこれから出会う少年の事を考えていた。


「シンジ君、遅いわよ」
 飛行場、輸送ヘリのエンジン音に負けないように、赤木リツコは声を張り上げた。
「すみません」
「すみませ〜ん」
 シンジ、ユウキが謝罪しながら、乗り込んでくる。
 さらに、もう二人。
「え?」
 リツコは、その二人を見て首を傾げる。
 眼鏡に天パの少年と、ジャージ姿の少年。天パの少年は、知っている、相田ケンスケ。JAの完成披露パーティにシンジが連れてきていた。そう言えば、一緒に帰ってこなかったが、あの後、どうなったのだろうか? まあ、どうでもいいことだ。もう一人、なんだかやけに暗い表情をした少年の方も、どこか、見覚えがある。何処だったか──と記憶を探り、思い出す。
 確か、第4使徒戦でのこのこ地上に出て来て、こちらの作戦行動を妨害したもう一人だ。
「シンジ君、この二人は?」
 今日のシンジの恰好は、ネルフの士官服。その礼装である。OTRに向かい、その提督と繋がりを持とうという目的もあり、きちんとした恰好を選んだのだ。そのシンジを、ユウキがかいがいしく歪んでしまった袖や襟を直している。
「ああ、この二人も、連れていくことにしました」
 答えたのは、シンジではなく、ユウキ。ユウキの方も、ネルフの礼装で決めている。ネルフ非所属作戦部長代理補佐心得見習い(仮)で、本来ネルフの礼服を着る身分ではないのだが、まあ、その辺りは気にしない。相手に不快感を与えない。それが狙いなのだから。
「ど、どうも、相田ケンスケ三士です!」
 声をあげて、天パの少年が敬礼してみせる。少年二人も、一応礼装だ。しかし、服を着ていると言うよりは、着られているという印象で、貸衣装ほどにも似合っていない。
「身分詐称は駄目ですよ」
「すみません。只の、相田ケンスケです」
 自分だって人のことは言えないユウキに窘められ、ケンスケは慌て、言い直す。
「ワイは、鈴原トウジです」
 もう一人の少年の方も簡単に自己紹介してくる。なんだか、やけに暗い少年だった。特に、瞳の辺りに陰気な光が宿っている。
「何でまた、無関係な人間を?」
 僅かに眉をひそめ、リツコは尋ねる。
「最近、二人には仕事ばっかりさせてましたからね。ここらで、一つリフレッシュを。豪華なお船でクルージングに招待したと」
「お招きいただき、ありがとうございます! いや、本当に感動です。本物の軍服が着れるなんて〜、しかも、ネルフのVTOLにも乗れて〜、凄い、凄い、凄すぎる〜!」
 ケンスケが常のように狂乱し、リツコは顔を顰める。もう一人の方は相変わらず暗く、なにやらぶつぶつと呟いているようだ。どっちにしろ、邪魔でしかないのでは? リツコはそんな表情になる。
「二人は、いざというときの壁です」
 ぼそりと、耳元でシンジが小声で囁き、まあ、それならば、と取りあえず納得する。
「──で、遅刻の理由は?」
 それから、この追求も忘れませんよ、と、リツコは視線を冷たくして二人を見る。
「ええと」
「あはははは」
 と、二人はバツが悪そうな表情で、笑いあう。
「まあ、若いから、理解できないこともないけど、程々にね」
 ばればれですか?
 ばればれですね。
 と、シンジ、ユウキは顔を見合わせあう。
「まあ、兎に角、時間が押していますし、直ぐに出発しましょうか?」
「それがね」
 リツコは、しかし首を振った。
「青葉君がまだ来ていないの」
「青葉さんが、ですか?」
 ユウキが首を傾げる。
 自分たちもポカをしたが、青葉もポカをした? 何となく、納得できなかった。見た目、いい加減そうに見える青葉であるが、重要なときに遅刻をするような人間ではない。そう思っていたのだが──
「すみません、遅れました」
 と、丁度、青葉が来たようだ。
 そちらを見て、ユウキは絶句した。
 ユウキだけではなく、他の者も。
 青葉の恰好も、同じく礼装。これは、示し合わせていたのだから、当然だ。
 しかし、その他の装備が問題だった。
 無反動砲から、機関銃、対物ライフルに、各種ナイフ。勿論、リツコ謹製の改造ギターも背中に背負っている。それこそ、もてる限りの武器を装備しましたという、ハリネズミ状態。その重量のせいか、足下がおぼつかない様子で、それでは武装している意味が無くなってしまうだろう。
「青葉さん、それは?」
「相手は、『灰』っすからね。出来る限りの武装をしておかないと──」
「却下です」
 あっさりと、ユウキが告げた。
「それ以前に、太平洋艦隊の提督に挨拶に行くんですから、そんな恰好では失礼ですよ」
「しかし、武器がないと──」
 青葉は言って、愛用の改造ギターを見た。
「最低、これを持っていきたいんですよ。しかし、この恰好では、浮いてしまいますからね。で、どうせ浮いてしまうなら、この際開き直ろうかと」
「開き直らないで下さいよ」
 ユウキが呆れたように告げ、それでも、愛用の武器を所持しておきたいという事情も解るので、それほど、責めるような口調ではない。
「それじゃあ、取りあえず、私がそのギターは預かっておきますから、他の武器は置いていって下さい」
 青葉からギターを受け取ると、それをスカートの中にしまう。
「──使用するときは、私に言ってくれれば、出しますから」
「……それは良いけど、何処にどうやってしまったの?」
 リツコが、ユウキを「解剖したい」そんな視線で見つめながら、尋ねる。
 前述のように、今日のユウキの恰好は、礼服。スカートはタイトミニである。ユウキの普段着──ゆったりとしたスカート以上に、モノをしまう余裕はないように見える。いや、普段着だって、これだけのでか物を隠す余裕はないのだが。
「秘密です」
 ユウキは悪戯っぽく誤魔化し、青葉が武器を置いて乗り込むのを待ち、言った。
「それでは、今度こそ──」
「しゅっぱーつ」
 シンジの号令で、輸送ヘリは飛び上がった。
 目指すは、太平洋を航行中の国連太平洋艦隊である。

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