#80 嵐の到来


 眼下に、大型空母を中心として海原を進んでいく艦隊が見える。空母は勿論、OTRである。
「おおぉ〜、さすがは国連軍の誇る正式空母、『オーバー・ザ・レインボウ』!」
 その上空を飛行するネルフの輸送用ヘリコプターの小さな窓に顔を押しつけるようにして、ケンスケが感動の声をあげる。
「これから、アレに乗れるなんて。シンジさんに付いてきて良かった。凄い、凄い、凄すぎる〜!」
 と、いつもの驚嘆の声をあげるケンスケである。
 普段ならば、そこに痛いモノを見る視線が集まる所である。しかし、今回に限って、誰もケンスケに視線をやったりはしなかった。
 いつものこと。
 いい加減そうした慣れもある。慣れもあるが、それでも、突っ込みを入れてくれそうなトウジすら、ケンスケの狂乱を無視していた。
 トウジは一人、VTOLの外壁に正対して座り、なにやら自分の思索の中に沈み込んでしまっているようだ。ぶつぶつと、暗い声でなにやら呟いている。
「……いいんちょ、すまん。……ワイは、ワイは汚れてまった……」
 たまに、悶えるように頭を抱えたりして、危険度では、ケンスケと大差ないように見えた。いろいろと、悩みがあるらしい。
 一方、シンジらの方は、なにやら顔を寄せて、レポート用紙の束をめくっている。
「セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーさんね」
 これから出会うことになる、そして、共に使徒と戦うことになる新たなEVAパイロット、惣流・アスカ・ラングレーの、プロフィールその他の確認の真っ最中である。
 ネルフ本部だけではなく、全体の傾向か、ドイツ支部も基本的に秘密主義だった。渡された情報は、殆ど通り一遍の役に立ちそうにない代物。しかし、シンジらの見ているモノは、詳細を含め、かなり突っ込んだ内容のモノである。勿論、これは田茂地の仕事だ。
「確かに綺麗な子だけど、何とも、気が強そうで、難儀そうな女の子だね」
 シンジが、添付された写真を見つめ、呟く。
 シンジの言葉通り、貼付された写真を見る限り、少女の顔立ちは非常に整っている。日本人とドイツ人、その両者の血が、絶妙なバランスで現れた、日本人好みの「外人の美少女」と言う奴だ。しかし、これまたシンジの言葉通り、気の強そうな顔立ちで、非常に難儀そうに見える。
「でも、美少女ですねえ。流石、惣流博士が遺伝子細工の粋を凝らしてあるだけの事はありますねえ」
 ユウキが、のほほんと感想を述べる。
 セカンドチルドレンは、遺伝的にあり得ないはずの瞳の色を持っている。それは、全てゲヒルンの誇った三人の女科学者の一人、惣流博士の仕事だ。ユウキの言うように、遺伝子操作によるモノ。流石に詳細は残されていないが、容姿に限らず、様々な手を加えられているであろう。惣流博士の子供、と言うよりは、一つの作品だろう。
「これなら、シンちゃんも大喜び」
 ユウキは取りあえず、容姿以外は棚上げして、シンジに告げた。
「なんでさ?」
「勿論、シンちゃんはこます気ありまくりでしょうから、これだけの美少女だと、力も入る、と」
 何しろ、けだものですからねえ。
 と、常と同じように揶揄する。
「ユウキが僕のことをどう思っているか、良く分かるよ」
「ええ、確信を抱いています」
 ため息混じりのシンジの声に、ユウキがにこやかな声を重ねる。
 シンジはもう一つため息を零し、口を開く。
「でも、こますかどうかは現物を見て、使えるかどうか判断してからだよ。使えるなら、こましてでも味方に取り込むし、そうでなければメグ姉にでも譲るよ」
「あらまあ、吃驚」
 言葉通り、吃驚した表情でユウキが茶化す。
「この前、折角の助っ人を台無しにしたシンちゃんの台詞とも思えませんねえ」
「──まあ、それは兎も角」
 口ではユウキに絶対に勝てない上、弱みまであるのでは確実と、シンジは露骨に話を逸らす。
「この子、確かに優秀みたいだけど──」
 セカンドチルドレンの身体能力を数値化したデータを見て、シンジはリツコに視線を送る。
 お世辞抜きに、セカンドチルドレンの身体能力は優れている。同年代の少年少女の身体能力を遙かに凌ぐ、景気のいい数字が並ぶ。格闘能力、射撃能力共に高く、前衛、後衛を問わずにオールマイティな活躍が期待できるだろう。それも、遺伝子操作の賜物か、きっと、ろくでもなくて使えない機動兵器のOSだって、即座に書き換えが出来そうなくらいの能力を持っていそうだ。
 ──性能だけを見れば。
「でも、難儀そうですねえ」
 と、ユウキもまじめな顔になって、先刻のシンジと同様の言葉を呟く。
「そうね」
 これまで黙って聞いていたリツコも口を開き、言葉少なに応じる。
「零号機の改修が終われば、EVA三機体勢で戦える。その他、陽電子自走砲やらバベルやらを中心にした兵装ビル群も交え、色々、フォーメーションなんかも考えられる。本来、万々歳……のはずなんですけど……」
「どこもかしこも、やることは同じという事ね」
 リツコは、ユウキの呟きに自嘲するように応じる。
「マインドコントロールですか? ネルフって、本当にそう言うのが好きですねえ」
 ユウキが、ため息混じりに呟く。
 本部でも、綾波レイに対して、マインドコントロールが行われてきた。それは、ドイツ支部でも同様のようだ。
 両者の取った方向性は、違った。
 本部のレイは、命令には絶対服従となるように、教育されてきた。司令のみに依存し、その命令を最優先するように、何も知らせず、何も考えさせないように。レイにとって、碇ゲンドウは、「我らが人民の太陽、偉大なる碇ゲンドウ閣下」とでも言うようなモノで、その寵を得、その命に服することこそが、最大の喜びであるように、教育されてきた。ゲンドウの命令であれば、死も厭わない。ある意味、前線の兵士としては、最高の存在かも知れない。──あくまで一兵卒で、絶対に指揮官にはなれない上、上の命令のない状況では、欠片も役に立ちそうにないが。
 対して、セカンドチルドレンの方は──
「ぶちこわし、ッスか?」
 これまで、目を閉じ、戦いに赴く直前の兵士のような顔をしていた青葉が、口を開き、会話に加わってくる。
「そうね。ゼーレによるサードインパクトの前準備ね」
 リツコは頷く。
 欧州ゼーレ組の計画する「人類補完計画」。人為的なサードインパクト。その計画の遂行のために、依童として、程良く壊れたEVAパイロットを使用されることになっている。本部では、ゲンドウがシンジに行おうとして失敗しているが、ゼーレ組の方は確実に成果を上げている。
 それが、このセカンドチルドレンだ。その辺りの影響か、非常に扱いづらいようだ。なまじ、自分の能力に自信を持っているだけに、更に質が悪いと言える。独断専行、天上天下唯我独尊、そんな言葉が似合いそうな性格で、とてもではないが、隊列を組んで戦う、と言うことに向いているようには思えない。書類を見る限り、私が私がと、我が強すぎる様に見える。
「本来、シンちゃんも同様に壊されるはずだったんですよねえ?」
 ユウキが、そちらの問題は一時棚上げして、リツコに問いかける。
「ええ」
 今更隠しても仕方がないので、リツコは素直に応じる。
「非道い話ッスよね」
「──まあ、その話はよしましょう。結果、上手く行かなかったわけだし」
 シンジが、憤慨する青葉を、のほほんと制する。
 シンジも、EVAに乗る資質、そして、サードインパクトの依童となりうる様、操作されているはずだった。しかし、ぶち切れて示した凶暴性と、その後の碇ムテキの登場によって、ゲンドウの手からはこぼれ落ちてしまった。いや、こぼれ落ちるどころか、ゲンドウを手のひらで遊ばせるほどに成長してしまった。だが、一歩間違っていれば──人生、何がどう幸いするか、分からないモノである。
「で、どうするつもりですか?」
 ユウキが、シンジに尋ねる。
 取り込み、そのまま使い続けるか?
 それとも、メグに任せて稼がせ、弐号機パイロットはよそから調達するか?
 そうした問い。
 どちらも一長一短である。
 弐号機パイロットとして、そのまま使用する場合、確かに、性格を除く性能面では申し分ない。だが、サードインパクトの要因を抱えることになる。勿論、その場合はこますし、マインドコントロールのデプログラミングを試みるのは当然だが、幼年期から延々と続けられてきたことである。易々とデプログラミングは進まぬであろうし、思わぬ場面でフラッシュバックが起きて、ろくでもないことになる可能性もある。
 では、こちらは登録抹消して、新たなパイロットを選出する場合、流石にこれだけの性能を誇る人材以上の者を準備するのは難しいだろう。また、ゼーレとの関係もある。未だ、正面から戦うには、力が不足している。せめて、日本を統一するくらいまでは、のらりくらりとやっていきたいところだ。ここでセカンドチルドレンを排除するのは、即座の正面決戦を誘発しかねない。
「どっちにしろ、現物を見てからだね」
 シンジが、結論付けるように言った。
 確かに、ここでレポートだけを見て、話していても仕方がない。
「しっかし、絶望的なまでに相手がでかいッスね」
 今更な事を、青葉が呟く。
 ゼーレは、大きい。国連すら自在に動かすその勢力の前では、シンジ達は小さい。小さすぎる。天野連合だってゼーレに比すれば小さいのだから、それより更に小さいシンジ達の小ささも、ここに極まれりと言う感じだ。
「でも、限界は見えましたよ」
 前向きに行きましょう。
 そんな感じで、ユウキが告げる。
「本来、使徒殲滅に、こうした不安定要素は出来る限り避けるべき。でも、それが出来ない。ゼーレも、決して万能ではないと言うことが解りました。それだけでも、当座は満足する事にしませんか?」
 ユウキの言葉通り、使徒殲滅は最優先課題である。自分たちの都合の良いサードインパクトを起こすためには、まず、使徒殲滅を成さねばならない。そうでなければ、使徒によるサードインパクトが発生し、ゼーレ組のシナリオは破綻する。なのに、その重要なイベントクリアのために、こんな不安定な人材を使用せざる得ない。余裕があるのであれば、使徒殲滅用の人材と、依童用の人材は、別個に用意するべき所だ。しかし、それがなし得ない。
 サードインパクトの、ゼーレ組主導の誘発はそれだけの大事業。詰まるところ、余裕がありまくるというわけではないのだ。逆に、大イベントなだけに、自らの勢力を磨り減らしているとも言える。
「まあ、どっちにしろ、僕たちは一つ一つ、目の前のことを片付けて行くしかないね」
「そうッスね」
「そうね」
 シンジの言葉に、青葉、リツコは揃って頷いた。


 OTRの艦橋では、提督と副官が双眼鏡を覗き、こちらに飛んでくるネルフの輸送ヘリを見つめている。
「ふん、いい気なもんだ。玩具のソケットを運んできおったぞ。ガキの使いが!」
 吐き捨てるように、提督が口にする。
「委員会は、あの人形に期待しておるようです」
 副官が僅かに苦笑しながら応じる。
「あんなモノに金を使うくらいならば、我々によこせばいいのだ! 全く、何を考えているんだ?」
「まあ、上は現場の苦労を知らないモノですよ。昔からずっと。多分、未来永劫、そうなんでしょう」
「悟りを開いたなら、軍人なんてやってないで、坊主にでもなれ!」
 諦観したように告げる副官に向かって、提督は吐き捨てた。
 艦橋に、親ネルフ的な感情は皆無だった。


「来たわね」
 OTRの飛行甲板にリキ・ドーザンのポーズで仁王立ちした少女が呟いた。
 視線の先には、勿論、ネルフの輸送ヘリ。
 少女はセカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレーである。
 これから、ネルフ本部のサードチルドレンに出会うことになる。
 どちらが上か、はっきりさせなければならない。
 勿論、自分が上であると、アスカは信じて疑わない。
 ならば、早いウチに──この初顔合わせで、それをはっきりさせておいた方が、後々やりやすいだろう。
「行くわよ、アスカ!」
 自分を叱咤して気合いを入れると、アスカは着艦しようとする輸送ヘリへと歩き始めた。
 その口元には、美少女にあるまじき、獰猛な笑みを浮かべて。

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