#86 提督の決断
難しい顔をしてレポート用紙の束をめくっていた国連軍太平洋艦隊提督が、最後の一枚を読み終えると、耐えきれないとばかりに口を開いた。口から零れてくるのは、ファッ●だのサノ●ビッチだの、上品とは言いかねる言葉ばかり。
「どうなさったのですか?」
副官が、驚いたように尋ねる。
普段から、上品とは言いかねる自分の上司だが、訳もなく、わめき散らすような事はない。無いはずだった。なのにこれは、いささか常軌を逸しているように感じられた。
提督はそちらをギロリと物騒な視線で睨み付け──それから、副官には罪がないことを思い出したのか、幾分か視線を和らげる。それでも、噛みつきそうに不機嫌な表情で、読み終えたばかりのレポート用紙を突き出す。
「貴様も読め」
「は、はあ?」
「読めば、ワシの不機嫌の理由も解る。──ネルフもネルフだが、上も上だ。何を考えておる?」
提督が目を通していたのは、ユウキに渡されたモノの一つ、これまでネルフの秘匿してきた情報、その中の、当座、必要となるであろう部分をピックアップした、と言う代物である。
「どう言うことですかな?」
提督の不機嫌のガス抜き。放っておいて、書類に集中すれば、提督は不機嫌を自分の中に溜め込み、ますます不機嫌になるであろう。ならば今の内に少しでも、ガス圧を低めておくべきである。そうした判断から、レポート用紙の束をめくる前に、副官はおそるおそると言った恰好で提督に水を向ける。火薬庫で火遊びをするような気分だ。慎重に言葉を選ばなければ、大爆発の危険がある。いや、言葉を選んだとしても、爆発することは必至。
全く、自分は副官の鑑だ。
と、自画自賛しながら、提督の答えを待つ。
「使徒についての情報だ」
「それは──まあ、何となく想像しておりましたが」
ネルフの秘匿してきた情報である。更には、使徒襲来を予言までしてくれている。レポートの内容がそうしたモノであることは、馬鹿でも想像が付く。
「使徒は、ATフィールドなるバリアを持つらしい」
「はあ? バリアですか?」
「そうだ。──曰く、絶対の防壁! 素晴らしい。まるで、ジャパニメーションだ!」
わざとらしいまでのハイテンションで、提督が身振り手振りを交えて大仰に叫ぶ。間違いなく、一片の疑いようもなく、提督はアメリカ人であると、この仕草で解る。
「嘘臭い上に、科学的な根拠がどの辺りにあるのか、小一時間ほど問いつめたいところだが、それは置く。全くもって、胡散臭い事この上ない。──だが、現実、そのバリアはN2地雷の直撃に耐えるだけの強度を持っているらしい」
「N2地雷にですか?」
N2爆弾は、核を除けば、最大の破壊力を持つ爆弾である。おまけに、とてもクリーンだ。
そのN2爆弾が通用しないモノなど、想像も付かない。
そう言う顔で、副官は驚きを露わにしてみせる。
「そうだ!」
提督は、憎々しげに副官の顔を睨み付ける。誰かの顔を、副官の上に投影しているらしい。今にも、首を閉め出そうという具合に、胸の前で指をわきわきさせている。
副官は、首を絞められるのはぞっとしないと言う顔で、微妙に提督から距離を取り、先を促した。
「話の真偽は、取りあえず、置く。──まあ、ワシは信じてもいいと思っておるが」
ユウキの笑顔に騙された──と言うわけでは、勿論無い。提督は、提督である。つまりは、それだけの武勲を立ててきた。少女の笑顔一つで騙されていたら、やっていけない商売を、これまでしてきたのだ。
だから、提督の判断は、冷静な思考に基づくモノだ。
「少なくとも、戦自の連中が使徒に蹴散らされたのは真実だ。N2の使用が成されたことも、情報として入ってきている」
その判断の理由を、提督はずらずらと説明する。
詳細は解らないまでも、ある程度の情報は集めてきている。何時、自分たちが使徒と戦うことになるか解らないのだから、提督にとっては当然の備えだ。敵のことを何も知らずに戦うなど、馬鹿のすることだと考えている。そうでなければ、提督はその地位に至る前に、淘汰されてしまっていただろう。
だが、その情報収集は、これまで芳しくなかった。
何しろ、負け戦。レポートを信じるならば、それもこてこてにやられている。相手にもされなかったと言ってもいい。
そうした戦いなだけに、戦自も公開する情報を絞ってきていた。ネルフの情報操作に協力せねばならない、と言う理由まで準備されているのだから、渡りに船で自分たちに都合の悪い情報を抑えてきていた。
だが、それでも、全てを抑え切れたわけではない。完璧に秘密にするなど、そうそうできることではない。
その、漏れ聞こえてきた断片的な情報を、提督は確保していた。
少なくとも、その情報と、このレポート、矛盾点は存在しない。
だから、信じても良いだろう。そう判断した。
「これが、怒らずにおられるか?」
提督は、更に声を張り上げる。
「敵はN2に耐えるのだぞ? 現行の我々の武器で、どの程度の有効打を与えることが出来る?」
N2は使用した。しかし、上手く命中させられなかったと言う所だろうと、提督は思っていた。少なくとも、N2のメーカーは、提督の判断を支持してくれた。使徒に通用しないなどと、一言も提督には教えてくれなかった。N2の直撃で焼き尽くせ無いものなど存在しないと、保障してくれた。更に、従来の核兵器と違ってとてもクリーンであることも保障してくれた。──まあ、メーカーだから、当然の反応かも知れないが。
「水圧を利用すれば……」
問われた副官は、僅かに考えてから答える。
「そうだ! よし、Bをくれてやろう」
提督は、副官の答えに頷く。
水中では、爆発の衝撃波が、空中ほどには拡散しないため、大きな攻撃力を持つことが出来る。やりようによってはN2を凌ほどの。
「だが、何も知らされていなければ、我々はどうしていたと思う?」
「それは──やはり、普通に、攻撃ですかね?」
「効きもしない攻撃をな」
提督は、顔を顰める。
「そして、どれだけの被害を出す? 何も知らずに、無為な攻撃を加えて、どれだけの被害を出す?」
「……」
副官は、無言となった。
提督の性格から言って、おそらく、徹底抗戦を叫ぶだろう。そして、効かない攻撃を繰り返す。敵の攻撃力にもよるが、果たして、どれだけの被害を出すことになるだろうか? しかし、ぞっとしない事になったであろう確信がある。
「許せるか? 許せないだろう?」
「はい、許せませんね」
「ネルフの情報の独占、全く、許し難い。──だが、同時に、上も許せん!」
「上も、ですか?」
ネルフは兎も角、と副官が尋ねる。
「当たり前だ!」
提督が吼える。
「ネルフは何だ? いくら、特務機関と言えども、国連所属であることには違いがあるまい? 当然、情報は上に──国連の……なんちゃら委員会に伝わっているはずだ。なのに、それが我々には降りてこないのだぞ? 上が、ワシらを数字としか見ていないことは、今更、何も言うことはない。──だが、だがな。──だからと言って、これに何の意味がある? ワシらが何も知らないままに玉砕して、一体何の意味がある? 戦意高揚? 否! 何しろ、全ては秘密のヴェールの下だ。ワシらが死んでも、関係のない事故やら何やらでけりが付くのだろう? だったら、ワシらの死は、戦意高揚にはなり得ない。一体、何のために戦うのだ? 戦わさせられるのだ? 理解できるか? 納得できる、明確な答えが出せるか?」
「……」
「ワシは、軍人だ。軍人は、命じられたら、否はない。戦えと言われれば、戦う。死ぬことも、仕事の一つだろう? それが、軍人だ。──だがな、意味がない戦い、意味がない死はまっぴらご免だ。特に、こんな、ワシらの廃棄処分を試みているのではないかと思えるような戦いではな!」
「委員会にも、何か思惑が……」
「それにしても、とワシは言っておるのだ! 戦うのはいい。死ぬのは──少し嫌、いや、正直に言って、きっぱり嫌だが、軍人だ、仕方がないと納得しよう。だが、意味のない戦いが我慢できないと言うのだ! 確かに、このレポートの通りの能力を使徒が有するというのであれば、ネルフの人形の有効性は認めよう。認めてやろう。──だが、だからといって、ワシらをないがしろに──それも、使い捨ての道具のように捨て去ることは、断じて認められんぞ。犬死になど、絶対に許容できん!」
提督は、激しく手足を振り回しながら、叫ぶ。叫び続けた。
そして、息切れがする頃になって、ようやく、落ち着きを取り戻していた。──と言っても、不機嫌な表情は変わらないが。
「兎に角、だ」
ふう、と大きく息を吐き、激高の残滓を吐き出すようにすると、提督はうって代わって冷静な口調で、告げた。
「予言などと言う胡散臭いモノを信じる気には、未だになれんが、使徒の襲来が予言されている以上、放って置くわけには行くまい?」
「索敵を密にさせます」
打てば響くで、副官が応じる。もたついたりすれば、只でさえ不機嫌な提督の矛先がこちらに向くとばかりに必死である。
「うむ」
副官の反応速度は充分満足、Aプラスを与えてもいい出来だったらしい。幾分満足げに頷き、それから、提督は思いついて付け足す。
「ああ、それから、舷側員の監視も強化させろ。目ン玉かっぽじって、どんな小さな変化も見落とすなとな」
「はい?」
「巫山戯た話だが、やつらは、通常の索敵装置では、捉えることが難しいらしい。光学以外では、波形パターン測定装置とか言う代物くらいしか、使えるモノがないらしい」
「はあ、よくわからん生き物ですな」
「全くだ」
嫌そうに顔を顰め、提督は頷く。
「了解しました。全艦に通達、索敵を密に。特に、舷側員は第一種索敵装置で、些細な変化も見落とさないように」
副官が頷き、告げる。
第一種索敵装置とはマークワン・アイボール。つまりは、目のことである。
「正直に言えば、ワシは使徒とやらが目の前に現れてくれることを望んでおった。ワシの手の届くところに来たら、ぎったぎたにしてやるとな」
「はい」
まあ、提督の性格ならそうだろう、と、副官は頷く。
「だが、今は来て欲しくないと思っておる」
「はあ?」
らしくない言葉に、副官は首を傾げる。
「貴様──その反応はCマイナーだ。ワシのことをトリガーハッピーの猪突馬鹿だとでも思っておるのか?」
その通りです、とは答えるわけには行かず、副官は神妙な顔で否定する。
提督は、副官の反応を疑い、本心を探るような視線で見つめていたが、すぐにまじめな顔になると、告げる。
「考えて見ろ。先刻の貴様が言った方法、使徒への通用するかも知れない攻撃手段についてだ」
「え? ──ああ? ──ああ!」
「頭の働きの鈍い奴だな。ようやく思い当たったか」
副官失格だぞ。落第──Dマイナーを貰いたく無ければ、もう少し精進しろ。そんな口調で呟き、提督は言った。
「外洋であれば、来るなら来て見ろ、だが、ここでは深度が浅すぎる」
「確かに」
副官も頷く。
水中での爆発は、爆圧が拡散しないで集中する。その為、強大な破壊力を得ることが出来る。──が、浅い場所では、爆圧が上へと──水面に高い水柱を上げて、上へと逃れてしまう為、その効果を期待できないのだ。
つまり、ここでは、国連軍の誇る太平洋艦隊と言えども、対抗手段がないことになる。
「全く、神に祈りたい気分だ」
「相手は、神の御使いらしいですが……」
下らない反応をした副官は、提督にDマイナーを貰いそうな視線で睨み付けられた。
しかし、提督の願いも虚しく、水底では、それが目覚めを迎えようとしていた。
自分の近くを進む鉄の船の群。
その中に、自分を非道く惹きつけるモノを感じ、それは、ゆっくりと目を開いた。
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