#90 私の人形はよい人形
アスカがシンジを誘ったのは、EVA弐号機を運ぶ輸送艦「オセロー」へ、だった。
シンジは当たり前のように、ユウキを誘った。
しかし、ユウキは、
「いえ、ここは一つ、若い人たちだけに……」
と、まるで見合いの席のやり手ババアのように譲ったのだが、ここで、今度はアスカが反応した。
アスカは、日系ドイツ人で、アメリカ国籍。そして、実際に暮らしてきたのはドイツと、非常にややこしい経歴の持ち主である。とは言え、日本における見合いの席でのお約束を知っているとは思えない。だから、反応したのは、ユウキの発言内容ではなく、それによって気が付かされたことである。
このまま、他の者を置いてシンジと一緒に移動する。即ち、シンジと二人きりになる。これは、非常に危険である。そりゃあもう、思いきり危険である。命の危機はないだろうが、その他の。
そう思ったのだろう。アスカは、加持にも声をかけた。今そこにいた面子の中で、アスカが信用できるのは、唯一加持だけである。何しろ、他の連中は、アスカが殺されそうになったときも、その後のごにょごにょの時も、黙ってみていただけで、何の役にも立たなかったから。
加持は素直に頷き、となると、ユウキ、青葉らも付き従わざる得ない。何しろ、加持リョウジはきっぱりと敵である。シンジと二人きり──この際、アスカは人数外である──にして、おかしな事になったら困る。組長を危険に晒す事は出来ない。
ユウキ、青葉の二人が行くとなると、リツコも、そして、トウジ、ケンスケも付き従うことになり、全員揃って、ぞろぞろと行動することになった。
途中、加持が何か用事を思いついたみたいにして離れていったが、残りは揃って、青葉の操縦する輸送ヘリで、オセローへと移動した。
アスカは、加持が居なくなったことで、非常に心細そうな顔を一瞬浮かべたモノの、即座に表情を改める。この、惣流アスカ・ラングレー様が、一人で心細いなんて、そんな情けないことを考える訳がないわ!、と言う感じである。
その後は大きな諍いもなく、オセローに降り立ったアスカが真っ直ぐに向かったのは、大方の予想通り、輸送中のEVA弐号機の元。
EVA弐号機は、オセローの船腹の特設LCLのプールに、うつぶせの恰好で浮かんでいた。
アスカは覆っていたシートをはね除けると、わざわざ弐号機によじ登り、てっぺん近くまで移動した後、向き直って胸を張った。
「どう、これがエヴァンゲリオン弐号機よ!」
と、大見得を切る。
「凄い、凄い、凄すぎる〜。EVAをこんなに近くで見られるなんて──く〜〜〜、男なら、喜ぶべき状況だね!」
と、真っ先に反応をしたのは、矢張りケンスケ。
その反応に、アスカは満足そうに口元に笑みを浮かべる。ちょっと、退いてしまいそうな激しい、激しすぎる反応だが、自分の弐号機を讃えているのだから、良しとしよう。
が、一番これを聞いて欲しい人間である、シンジは弐号機そっちのけで、横のユウキと小声で会話を交わしていた。
「一体、どういうつもりですか?」
「何が?」
「いきなり、カジエルさんに喧嘩を売って、どういうつもりですか?」
ユウキが、ジト目でシンジを睨み付ける。
当初の予定では、今回はあくまで顔見せ。それは、加持の性格であれば、いきなりの実力行使は無いだろうとの判断からである。
そして、予想通り、加持の方にいきなりやり合おうというつもりはないようで、のらりくらりとした反応を見せていた。そのまま、今回は予定通り、顔見せだけで終わる。その様な流れに見えた。
なのに、わざわざシンジは喧嘩を売るような発言をしている。
ユウキは、それを咎めているのである。
「だって」
「だって? 何ですか?」
「だってさ、アスカが加持さん加持さんって──」
ユウキは、シンジの答えを聞いて、大きな、本当に大きな、これ見よがしなため息を付いて見せた。
「なんだよ。呆れたみたいなため息ついてさ」
「みたいじゃなくて、きっぱりと呆れて居るんですよ」
要は嫉妬か。
と、ユウキはがっくりと肩を落とす。
「そんなことで、予定を台無しにしないで下さいよ」
「でも」
「でもじゃないです」
ユウキはぴしゃりと告げると、続けた。
「良いですか、相手は、ゼーレの切り札、人工使徒、灰のカジエルなんですよ? つまりは、ATフィールドを展開することが出来るんですよ。──で、シンちゃんは、EVA無しでATフィールドを何とか出来るんですか? 出来るんだったら、喧嘩を売っても問題はないですけど」
「ええと」
シンジは、真っ直ぐに自分を見ているユウキから視線を逸らすように、明後日の方を向いた。
「きちんと、私の目を見て話して下さい」
ユウキはシンジの顎に手を当てて、くりんと、正面を向かせる。
「その」
往生際悪く、シンジは、今度は一昨日の方を向いた。
「ですから」
ふたたび、くりん。
「一応、好きな子とエッチして、最強よりも最愛で、強さのステージが一つアップしたはずなんだけど、多分、まだ無理じゃないかなあ」
碇に流れる血を、舐めてはいけないのである。──とは言え、一足飛びにそこまで強くなったという自覚も無い。後はドラゴン●ール方式で死にかけた後に復活するとレベルアップしたり、地道に修行をしたりして、強くなって行くしかないだろう。裏技的に、オオアナで風に吹かれてパラメーターアップというのもあるが、こちらは弊害もあるために却下する。
「だったら、いきなり喧嘩を売らないで下さい」
「わかったよ」
ごめん、とシンジは謝罪する。
「ちょっと、そこ!」
そこへ、アスカの大声が叩きつけられた。
「折角、私が特別に弐号機を見せてやっているのに、勝手に話をして居るんじゃないわよ!」
シンジは、この言葉に首を傾げた。
「……何の話?」
と、リツコに問いかける。
リツコは苦笑して、シンジに目の前の巨人を示した。
「これが、エヴァンゲリオン弐号機、だそうよ」
と、人事の様に告げる。
「ふ〜ん。赤いんだ」
と、シンジは軽く呟く。別段、アスカの髪の色に合わせたというわけではないだろうが、シンジの言葉通り、弐号機は赤を主体としたカラーリングである。
何で、初号機といい、弐号機といい、ド派手なカラーリングなんだろうか? まあ、零号機のオレンジは、試作機のお約束のカラーだから仕方ないとしても。そんなことを内心で思うが、特にそれ以上に感慨はない様子である。
「赤いだけじゃないわ」
アスカは、シンジのお座なりな反応を見て、不機嫌そうに顔を顰め、もっと驚き讃えなさいとばかりに胸を張り、解説を始めた。
「良いこと、所詮、零号機と初号機は、開発途中のプロトタイプとテストタイプ。訓練無しのあんたなんかにシンクロするのが、その良い証拠よ!」
シンクロの意味を知るシンジは、どの辺りが証拠なんだろうか?、と首を傾げるが、アスカは気付かず、更に続ける。
「けど、この弐号機は違うわ! これこそ、実戦用に作られた世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ! 制式タイプのね」
大見得を切ったアスカ。
しかし、シンジの反応は冷めていた。
「ふ〜ん」
「ふ〜ん、って何よ!」
もっと驚きなさいよ!
と、言外に告げてアスカは吼える。
「だって、ねえ」
「そうですねえ」
「そうっすね」
「そうね」
と、シンジの言葉に、ユウキ、青葉、リツコが応じる。トウジ、ケンスケは、すっかり蚊帳の外である。
「な、何よ、何なのよ!」
アスカは、4人の反応に焦れたみたいにして、叫ぶ。
「うん、確かに、普通の軍用機とかなら、試作機やテスト機よりも、制式機の方がスペック的に優れているんだけどね」
例えば、ジャパニメーションのロボット──最新版は、76発喰らうまでは大丈夫な、ボタン一つで展開可能な上に色まで付いてしまう強固な装甲を持つ奴だ──その、主役機は軍用機とは思えないような派手なトリコロールカラーに塗装された機動兵器シリーズでは、試作機(主人公機)が最強で、その後の制式タイプ──量産期はやられ役に過ぎない。制式タイプは主役機の廉価版でしかない。
だが、これはあくまでお話の中の話。
現実には、試作機はあくまでも試作機。試作機とは実用化前にテストを繰り返し、問題点の洗い出し等を行うためのモノ。改良を行った後に投入される制式機は、スペック的に試作機に勝っているモノである。
だから、アスカの言葉は、通常の軍事兵器に当てはめれば、正解である。
だが、エヴァンゲリオンは、いささか事情が異なる。
元々、エヴァンゲリオンの素体──メインとなる重要部分は、訳の分からない使徒を何とかコピーして使用可能にしたモノであり、試作機もテスト機も制式機も殆ど差がない。差があるのは、その他の、後付の電装や、機械式の制御部分である。その部分は、後に建造された弐号機の方が優れていそうなモノであるが、初号機を作り上げた碇ユイは、ネルフ司令ゲンドウの妻である。だから、夫の後ろ盾の元、予算を好き勝手に使って、ハイエンドマシンとでも言うべき存在に、初号機を作り上げている。弐号機は、その初号機の過剰とも思える電装部分や不必要と思える部分を削り、コストダウンを成功させ、この後の量産型の雛形となる機体である。戦闘能力、と言う点では、初号機も弐号機も基本となる部分は一緒──どれも同じ使徒のコピーであり、訳が分からないだけに、殆ど手を加えられていないために変わりはない──であり、只、初号機の方が金がかかっていると言うだけの話。現時点では、その程度の差しか存在しない。実体は、どっちもどっちという感じである。
「なによ、あんたの初号機の方が凄いって言うの?」
「どっちも一緒、って感じかな?」
首を傾げ、リツコに確認するようにしながら、シンジが答える。
「は、何馬鹿なことを言っているのよ。良いこと、ドイツの科学技術は世界一ィィなのよ! 私の弐号機が一番に決まっているじゃないの!」
ぶんぶんと、足場の悪い場所で見事に両腕を振り回してアスカが叫ぶ。バランス感覚は一級品らしい。
「第二次世界大戦時のドイツは、技術自慢に走って敗北したような……」
ユウキが、ぼそっと呟く。
ドイツがヨーロッパを席巻したのは、その技術が優れていたわけではなく、戦車の集団運用を成功させたからである。いわゆる、電撃戦である。
が、後に、オーバークオリティの戦車ばかり建造するようになった結果、数を揃えられずに戦線は破綻している。
「まあ、何が一番でも良いけどさ」
シンジは、言葉通り、興味がなさげに応じる。
「弐号機が活躍してくれれば、僕は本業の方に精を出せるし」
シンジにとって、あくまで使徒退治は、ついで、以上のモノではない。他に人は居ないし、EVAがあれば、天野連合への抑えも効く、そんな事情で乗っているに過ぎないのだ。
「本業、ってなによ。あんた、サードチルドレンでしょ?」
アスカの方は、純粋にEVAパイロットである自分こそが、本当の自分であると思っている。あるいは、思わされている。
だから、チルドレンの任務を軽く考えているシンジを許容できない。
自分の大切な宝物を、がらくただと言われたようなモノだ。
シンジに無理矢理ごにょごにょされた時以上の、険のある視線で睨み付ける。
しかし、やっぱりシンジは、感銘を受けたりはしなかった。繰り返すが、洒落にならないような面相の人間に囲まれて暮らしてきたのだ。アスカが睨んだくらいでは、「可愛い」で済んでしまう。
「シンちゃん」
ユウキが、そのシンジを咎める。それから、シンジの耳元に口を寄せて、小さく告げる。
「あのですねえ。これから使徒が来るんですよ。あんまり、追いつめない方が……」
「ああ、そうか」
と、シンジは納得して、言った。
「うん、弐号機は凄いね」
この言葉に、ユウキは頭を抑えた。
発言内容は兎も角、その口調はあまりにもわざとらしすぎた。馬鹿にしているようにしか思えない。
「あんた──」
ユウキの心配通り、シンジの反応はアスカの逆鱗に触れたらしい。間違いなく、激怒したようだ。
使徒戦を控え、ろくでもないことになる。
シンジ、アスカを除く全員が頭を抱えそうになったとき──
タイミングを計っていたかのように、救いの天使──使徒がやって来た。
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