#91 正しい使徒の見分け方


 遠く離れた海面に、水の柱が上がった。
「お、鯨か?」
 双眼鏡を覗いていた護衛艦の航海長がそれを認め、呟く。
 太平洋艦隊提督の命令の元、彼とその部下達は、人体備え付けの索敵装置──主に目玉を使っての警戒態勢を敷いている。
 だが、残念なことに、彼らは自分たちが何に注意を払うように要求されているのか、それを知らされていなかった。
 漠然と、海賊やら日本近隣の何かときな臭い国やらの艦船の接近、それを警戒しなければならないと考えていた。
 海賊、と聞くと、いささか古くさい、時代遅れのイメージがあるかも知れない。しかし、セカンドインパクト後の政治的不安定が長く続いたせいで、犯罪者は多出した。そのうち、海に流れた人間が海賊団を結成して、大活躍。大航海時代ではないが、海賊は今まだ現役である。
 また、何かときな臭い国の工作船やら密輸船等というモノは、セカンドインパクト以前から変わらず存在している。
 だから、彼らの警戒していたのは主に不審船であり、間違っても、鯨ではない。生き物ではなかった。
 日本に正体不明の怪物が上陸した。
 この程度の情報は、彼らも得ていたが、さほど深刻に受け取っていたわけではない。さすがはカイジュウムービーの国、ニッポン。本物のカイジュウまで上陸するとは、大したモノだ。この程度の、どこか他人事、軽い認識でしかなかった。
 彼らのトップである提督自身も、どこか迷いがあったため、指示が徹底されていなかった。
 使徒戦は全て非公開。その弊害が現れた恰好である。
「ジャップは鯨を食べるらしいな。全く、あの猿どもは本当に野蛮な連中だ」
 航海長は、横にいる部下に話しかけた。
 彼はアメリカ人で、当然、鯨を食べるのは野蛮だと信じて疑っていなかった。
「別に、鯨食べるのも牛を食べるのも一緒じゃないっすかねえ?」
 横にいた部下が、首を傾げながら反論するとは無しに反論する。こちらの部下は、普通の人間だったため、こうしたことを平気で口にする人間とは、出来ればおつきあいをしたくないと考えている。だが、人生ままならないモノで、直属の部下になってしまった。残念だが、ここは諦め、次の異動を待とう。そうした処世術を選択したつもりだが、どうも、徹底されていなかったようだ。
「何を言っているんだ?」
 信じられない!、と、航海長は大袈裟にのけぞって見せた。
「鯨は地球上で、人間の次に頭のいい動物なんだぞ? それを食べるのは野蛮の証明だ!」
「はあ」
 部下は、これ以上何を言っても無駄だと諦めているので、曖昧に応じた。つい、反論じみたことを口にしてしまったのが大失敗。失敗を繰り返さない為にも、ここはじっと黙って嵐が過ぎるのを待つ。それが、一番冴えたやり方だ。
 しかし──内心で反論することだけは、止めようがなかった。
 ベジタリアンが、動物を食べるのは残酷だという。これにしたって、結局は植物という生物を食べているのだから、五十歩百歩。いわんや、牛を食べておいて鯨を食べるのは野蛮である等と言うのは、全く馬鹿らしいことである。
 だが、同時に、こういった人間には道理が通じないと相場は決まっているのである。
「まあ、それは兎も角、索敵を──」
 続けましょう、と続けかけ、部下は眉をひそめた。
 「鯨」と航海長は言ったが、アレは本当に鯨だろうか?
 真っ白な体。まあ、白鯨の例もある、これは珍しいで済むかも知れない。だが、アレは──アレは、いささか大きすぎるのではないか?
 双眼鏡を覗き、外して肉眼で見て、部下はざっと、その大きさを測る。
 本当に大きい。
 100メートルを超えるのではないか?
 いくら何でも、大きすぎやしないか?
「航海長!」
「何だ?」
 未だ、鯨談義をぶっていた航海長は、部下からの呼びかけに、不機嫌に応じた。
 折角、鯨談義に興が乗ってきたのにと、咎めるような声。
「アレは、本当に鯨ですか?」
「何を馬鹿な──」
 航海長は双眼鏡を覗き、そして、絶句した。
 今や、鯨と見えたそれは、かなりの近距離まで接近してきていた。既に、細部まではっきりと見えた。
 波をかき分けて、一直線に、こちらに向かってきているそれは、どこか、鯨のフォルムと異なっているように見えた。
「何だ、アレは?」
 悲鳴に近い声を、航海長はあげる。
 大きさだけではなく、その速度も尋常ではなかった。
 解き放たれた矢のように、一直線に、彼らの乗る護衛官に向かって突き進む鯨(?)。
「ぶ、ぶつかる?」
 航海長の言葉は、現実となった。


 爆発音に続き、オセローの船体が、大きく揺れた。
「水中衝撃波?」
 リツコが、必死でバランスを保とうとする、いささかおぼつかない腰つきで呟く。
「来た!」
 シンジ、ユウキの反応は素早かった。
 元々、来るものと見ていたのだから、心の準備は既に完了している。
「すぐにヘリへ」
「解ったわ」
 リツコは、素直に頷く。
 何にせよ、ここでこうしていては、何もできない。
 一旦、ヘリに乗り──その後の行動は、その後考えればいい。
「ちょっと、何よ、これ!」
 その背中に、不機嫌な声が叩きつけられる。アスカである。
「お客さん──多分、使徒」
「え?」
 シンジの言葉に、アスカが一瞬鳩豆面になり、勢い良くかけだしていく。
「?」
 と、首を傾げ、シンジらはその背後に続いた。
 アスカはそのまま、甲板にでると、舷側の手すりに捕まって身を乗り出すようにして周囲を見回す。
 そのアスカの向こうで、護衛艦の一隻が爆発。船体半ばからへし折れるようにして、あっという間に波間に没していく。
「なによ、アレ?」
「使徒だね」
 アスカの疑問に、シンジが答える。
 え?、っとそちらをアスカは振り向き、すぐに海面に視線を戻す。
 護衛艦の沈んだ場所からいくらか離れた所で、水柱が上がる。
「青葉さん、すぐにヘリを」
「解りました」
 背後で、ユウキが青葉に指示を出している。
 それを聞き流しながら、アスカは美少女にあるまじき、獰猛な笑みを浮かべた。
「ちゃ〜んす!」


「何事だ?」
 OTR艦橋で、艦長が叫ぶように尋ねる。
「──正体不明の生物が、攻撃を加えてきたようです!」
「まさか、本当に来たのか?」
 渡されたレポートを信じることにした提督であるが、矢張りどこかに迷い、疑問があったようだ。信じがたい、と言う声で叫ぶ。
 それでも即座に気持ちを入れ替えると、麾下の船に応戦を命じる。
「糞っ。舷側員は何を警戒しておったんだ?」
 不意打ちを食らったことに舌打ちしながら、提督は矢継ぎ早に命令を下していく。
「仕方ありません。何しろ、訳の分からない相手、状況なのですから、彼らも勝手が違ったのでしょう」
 副官が、沈痛な声で応じる。これが不審船であれば見落とさなかっただろうと、副官は正確に状況を理解していた。
「正論ほどに腹の立つモノはないな」
 提督は吐き捨てて、それから、思いついたみたいにして尋ねた。
「ネルフの連中はどうしている?」
「どうやら、オセローの方に「人形」を見に出かけているようですが」
「即座に連絡を取れ!」
「彼らの助言を受けるのですか?」
 副長が、驚いたように尋ねる。
「貴様、ワシのことを馬鹿だと思っているだろう?」
「いえ、滅相もない」
 不機嫌きわまりない視線を向けられて、副長が慌てて首を振る。
「ワシらの武器では、使徒相手には役者不足だ。最悪、人形を動かす事も考えねばならん。──それに、やつらはアドバイスをしてくれるそうだしな。この際、使えるモノは、何でも使う。戦自のように無駄死にはご免だ!」
「成る程」
 頷いた副長のお尻をけっ飛ばすような勢いで、提督は叫んだ。
「解ったら落ち着いていないで、即座にやつらに連絡を取れ!」
「い、イエッサー」


「はい、こちらネルフの輸送ヘリッス」
 青葉が輸送ヘリの操縦席に着くと同時に入ってきた通信に応じる。
「あ、これは、提督」
『挨拶は良い。そこに赤木博士はいるか?』
「はい」
 リツコは、青葉に代わって、通信にでる。
 通信画面には、苦虫を噛みつぶしたみたいな表情の提督が映っている。
『まずは、一つ確認だ。──これが、使徒なのか?』
「その前に一つ」
 と、そこへユウキが口を挟んできた。
「?」
 と首を傾げるリツコの横で、ユウキは青葉に視線を向けた。
「青葉さん?」
「はい」
 青葉は応じて、大きく息を吸い込んでから、はっきりとした声で告げた。
「波形パターン青、使徒です!」
「はい、提督、間違いありません。これは、使徒です」
 青葉の言葉を受けて、ユウキが断言する。
「──?」
 リツコは首を傾げる。
 輸送ヘリはネルフのモノ。とは言え、そこに波形パターン測定装置が搭載されているわけではない。
「青葉さんのこの発言があって、初めて使徒と認定されるんですよ。これ無しでは、クリープを入れないコーヒーのようなモノです」
 元々コーヒーはブラック派だし、どこか違う、とリツコは思ったが、ややこしくなるので、沈黙を守る。
『何でも良い。──それで、我々に対抗手段はあるのか?』
「ATフィールドを中和しない限り、通常兵器による攻撃は……」
 言葉を濁すリツコに、提督は不機嫌な顔を改めようともせず、尋ねる。
『で、そこの人形は使えるのかね?』
 アスカが居なくて良かったわ、と、リツコは内心安堵しながら、頷いた。「人形」等と呼ばれては、きっとへそを曲げてしまうに違いない。
「はい、起動は可能です。──ですが、B型装備のため、水中機動は不可能です」
『シット!』
 と提督は叫び、それから顔を改める。
『まあ良い。兎に角、使えるのだな?』
「足場に出来るのは、OTR位ですね。──あと、電源の準備をお願いします」
 ユウキが横から口を挟む。
『解った。すぐに用意させる。──OTRをオセローに寄せろ! 人形を動かすぞ!』
「アスカさん、すぐに弐号機の起動を──」
 と、背後、輸送ヘリの外に向かって振り向いたユウキは、そこで、シンジに深紅のプラグスーツを押しつけているアスカを見て、微妙に眉をひそめた。


 プラグスーツを押しつけられたシンジは、首を傾げた。
「何?」
「プラグスーツよ」
 決まっているでしょ。
 そんな調子で、アスカが告げる。
「いや、それは分かるけど、何で僕に?」
 シンジは渡されたプラグスーツを広げ、おまけに女物だし、と付け足す。中性的、あるいは女顔のシンジだが、きっぱり、そう言う趣味はない。勿論、ブルセラ趣味も。
「あんたも乗るのよ!」
「アスカに?」
「違う!」
 シンジの品のない返答に、アスカは耳まで真っ赤になって叫ぶ。
「弐号機によ!」
「何で?」
「特等席で、私の素晴らしい戦いを見せてやろうって言うのよ。あんたは素直に従いなさい!」
「──って、僕が乗っても、シンクロの邪魔になるだけだよ。……もしかして、怖いの?」
「怖い訳無いでしょうが!」
 私は、惣流アスカ・ラングレーよ、と激高して叫ぶ。
「なら、一人で乗った方が良いよ」
「私だって、そうしたいわよ!」
 アスカは、シンジに左手を握り拳にして突きつけた。その、薬指の指輪を強調するように。
「あんたと離れたら、爆発するんでしょ! だったら、一緒に乗るしかないでしょ!」
 誰があんたなんかと乗りたいモノですか。
 そんなニュアンスたっぷりに叫び、アスカはシンジを睨み付ける。
「ああ」
 シンジは、そのアスカをにこやかに眺めて、言った。
「大丈夫だよ。僕やアスカがEVAのパイロットだって言うことは、当然田茂地も解って居るんだから、その程度のことで爆発するような設定にはなっていないよ。……多分」
「多分、って何よ。多分って!」
 アスカは大仰に手足を振り回す。
「大丈夫だよ」
「ちっとも信用できないわよ!」
 あんたを信じるくらいなら、アメリカ人のノープロブレムを信じた方がましよ、とアスカは叫ぶ。因みに、アスカもアメリカ国籍である。
「大丈夫だって」
「だから──」
 何時までも終わりの来そうにない口論に終止符を打ったのは、使徒である。
「拙い、シンちゃん、使徒がこっちに来ています!」
 ユウキの、せっぱ詰まったような叫び。
「え?」
 と、シンジ、アスカはユウキの示す方を見る。
 見れば、一直線に、使徒がオセローに向かって突進してきていた。

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