#92 沈没の艦隊


「各艦、艦隊距離に注意しつつ、回避運動!」
「状況はどうした!」
 艦長、副長が慌ただしく指示を下すOTR艦橋。
「戦艦1、沈黙! 目標は確認しました──が、速い!」
「命中弾、幾つか出ていますが、まるで効いてない」
「ええいっ!」
 報告を受けた艦長は、苛立たしげに唸る。
 予想はされていた。そう知らされていた。
 しかし、現実に、太平洋艦隊の集中攻撃を受けて、まるで痛痒を感じていない「使徒」を見れば、出鱈目だと叫びたくもなる。だから、実際に叫んだ。
「出鱈目だ!」
 しかし、ここで思考放棄をすれば、被害の拡大以外の役にも立たないと思い直し、意識して冷静さを保とうとする。
「……良いか、こっちの仕事は時間稼ぎだ。ネルフの人形が動き始めるまで、時間を稼げばいい。敵から距離を取って攻撃しろ! 絶対に近づくな! 色気を出してやられても、ワシは誉めてやらんぞ! そんな奴には、Dマイナーをくれてやるぞ!」
 練度の高さ。それは、提督が自負していたとおり。セカンドインパクト後の混乱期を戦いに明け暮れてきた太平洋艦隊である。当初の驚きから素早く脱すると、即座に提督の指示に従い、時間稼ぎに徹する。
 使徒へのダメージは与えられない。しかし、幸いなことに、砲撃や魚雷などと言ったモノの破壊力で海を揺すってやることが、使徒の足に影響を与えた。絶対の領域、ATフィールド、しかし、使徒は海の状況に影響を受けているようだ。水面に現した部分が、波をかき分けていることからも、それはわかる。
「良し! このまま、OTRをオセローに寄せろ! ──甲板に、人形のコンセントを用意しろ!」
 並行して、弐号機起動後の準備を進める。
 大きく場所をとる、コンセント。このせいで、艦載機の発進が妨げられる。──が、提督は既に艦載機の発進を諦めていたから、問題ない。艦載機は、戦闘機動中に発進させる事の出来るモノではないのだ。かと言って、艦載機発進のためにOTRの足を止めることは、的になるようなモノである。
「……このまま、人形の起動まで、時間が稼げそうですな」
 副長は、その様子を見て、ほっと、安堵の表情を見せる。
 そちらをちらと見て、提督は早計過ぎると窘める。
「まだまだ、わからん。結果が出るまで、気を抜くな!」
 かく言う提督自身も、安堵の表情を見せている。
 レポートに記された、前回の使徒。加粒子砲を持っていたと言う第五使徒に比べれば、今回の使徒の攻撃方法は、今のところ体当たりのみと、それほど危険視する必要はないように思える。いや、あの巨体による体当たりの攻撃力は馬鹿にならないだろう。──だが、当たらなければいい。遠距離攻撃の手段を持っていないだけましだ。これまでの所、最初の一撃は兎も角、何とか逃げ回ることは出来ている。足はこちらよりも速いが、海を揺らしてやる事で、その全速を発揮させないで居る事はこれまで、出来ている。
 充分に、回避行動は可能。
 そう考えた。
 だが──
「目標、真っ直ぐにオセローに向かっています!」
 悲鳴に近い報告に、提督は自分の席から腰を浮かせていた。
「何だと!」
 敵は、一番、最悪な部分を狙ってきた。
 オセローはあくまで輸送艦である。おまけに、弐号機輸送のために、大がかりな改装を施されている。元々足が速くないところへ持ってきて、更に改装で、速度は犠牲にされている。えっちらおっちら、太平洋艦隊がこの任務に長いこと時間をとられているのは、オセローの足の遅さにも理由を求められる。
「──回避!」
 絶望的な思いで、提督は叫ぶ。
 叫び、無理だろうと判断する。前述の通り、オセローの足は非常に遅い。小回りも期待できない。代わりに、高い防御力を持っているが、あの巨体に体当たりをされては、意味があるとも思えない。
「いかん! 何としてでも、オセローへ接近させるな!」
 とは言え、彼我の距離はずいぶん近くなってしまっている。
 使徒の足を弛めるための攻撃も、これだけ近いと──
「シット!」
 提督は、帽子を頭からむしり取ると、床にたたきつけた。


「こんな所で使徒襲来とは、ちょいと話が違いませんか?」
 加持リョウジは、呑気にオペラグラスを使い、観戦しながら告げる。
 実際は、話通り。元々、この襲来が予想されていたことは、加持は勿論知っていた。
 しかし、それを正直に告げる必要はない。
 何しろ、通話の相手は、加持がそれを知っていることを知らないのだから。
 あくまで、相手にとって、加持は使い捨ての諜報員。真実とはかけ離れた場所にいる、哀れなピエロだと思われているのだから。その立場を、易々と捨てる必要はない。何もしないでも、相手が勘違いしてくれているのだ。警戒されるより、侮られている方が、仕事はやりやすい。侮られた、馬鹿にされた、そんなことにいちいち腹を立てたりするようでは、プロのスパイはやっていられないから、まるで問題ない。
『その為の弐号機だ。予備のパイロットも追加してある』
 通話の相手は、ネルフ司令の碇ゲンドウである。
 加持は、ゲンドウの返答に、ばれないように笑みを零した。
 自分に対して、あくまでシンジの行動は、ゲンドウの指示通りのモノだとポーズを取ることがおかしかったのだ。
 司令、あなたが既に裸の王様だと言うことは、ゼーレのみなさんは承知していますよ。
 そう言ってやりたい欲求を苦労して抑える。
『最悪の場合は、君だけでも脱出したまえ』
 それでも尚、自信のシナリオが遂行可能だと考えている男に、哀れみすら感じる。
「解っています」
 しかし、それを伺わせず、加持は短く応じ、通話をうち切った。このまま話していると、思わず笑ってしまうと言う危険もあったが、それ以上に、時間の余裕もなさそうだったから。
 さて──
 と、加持は腕に手錠で繋がれた荷物を持ち直す。
 碇シンジという人間に、非常な興味を感じている。彼が、これからどのように行動し、使徒を殲滅するのか。出来れば、ここで見ていたいと思う。自分自身が積極的に関わって、事態をより混乱させて見るのも面白いかも知れない。
 だが、ここは、予定通りに行動すべきだ。
 何も知らない哀れなピエロ。
 このポーズを、もう少し続けていたい。
 そして、碇シンジを観察し、もう少し、美味しい状況で頂くのがベストだろう。
 折角の、ここの所味わうことの出来なかった、楽しそうな任務なのだ。
 がっついても、良いことはない。
 よりお腹をすかせた方が、より美味しく頂くことが出来る。何しろ、空腹は最高のスパイスだという。ぎりぎりまで我慢して──
「シンジ君、俺を楽しませてくれよ」
 こんな所で負けるのは許さない。そんなニュアンスをたっぷりと込めて呟き、無精ひげの生えた顎を一つ撫でると、加持はゆっくりと、その場から立ち去った。


 使徒の白い巨体は、真っ直ぐにオセローを目指していた。
「うそ〜!」
 アスカが悲鳴に近い声をあげる。
 アスカは、弐号機に乗れば自分は無敵だと信じている。
 しかし、流石に生身で使徒をどうにか出来るなどと考えはしない。考えてみたこともない。
 この状況は最悪だ。
 流石に、これから弐号機に乗り込み、起動し──と、そんなことをやっている時間は、何処にもない。
「アスカ、早く!」
 呼ばれて振り返ると、すぐ横にいたはずのサードチルドレンは、いつの間にかヘリの中にいて、自分を呼んでいる。
「すぐに離陸をするよ。アスカ、急いで!」
「ちょ、ちょっと、私の弐号機を捨てていくって言うの!」
 確かに、ヘリで離陸をしてしまえば、オセローが沈んでも自分の命は大丈夫だ。
 だが、弐号機をおいていく。
 それは、アスカには許容できない。
 これから自分は弐号機を起動し、華麗な操縦でもって、使徒を殲滅する。サードなどは問題にならない、自分の実力を、見せつけてやらねばならない。ここで、弐号機を捨てて逃げるなど、論外だ。
 だから、その場から動くことも出来ず、アスカは立ちつくした。
「シンジさん、やばいッスよ!」
 ロンゲの叫びが聞こえる。
 実際、やばい距離まで使徒は近づいてきていた。
 あの巨体の体当たりを受ければ──先ほど沈んだ戦艦よりもオセローは巨体であるため、一撃で沈むかどうかは兎も角──間違いなく拙いことになるだろう。
 なのに、アスカは動けなかった。
 魅入られたように、こちらに迫ってくる使徒の姿を見つめる。
「ああ、もう!」
 焦れたような叫びが聞こえ、ばたばたと足音がアスカに接近してくる。
「ユウキ?」
 戸惑ったような声に、アスカは自分に近づいてきた足音の方に視線を向ける。
 見れば、あの女。
「ぼさっとしていないで下さい! 死にたいんですか?」
 アスカの手を掴むと、無理矢理に引っ張っていこうとする。
 しかし、アスカは反射的にその手を払っていた。
 この女に殺されかけたという事もあるが、弐号機を捨てていく。それが、どうにも納得できなかった。
 アスカは一切合切を無視して、使徒を睨み付けた。
 そんなことで、使徒をどうにか出来るわけではなく、実際、どうにもならなかった。
 しかし、目を逸らすことなく、使徒を睨む。
 一直線に進んでくる使徒。
 そこへ、横合いから凄い勢いで、一隻の戦艦が突っ込んできた。


「テンペスト、目標への体当たりを敢行! 目標、進路、オセローから逸れました!」
「Aプラスだ!」
 報告を受けて、提督は椅子から飛び上がるようにして立ち上がった。
「Aプラスをくれてやるぞ。でかした!」
 横合いから体当たりを喰らった使徒は、報告通り、オセローを際どく掠めて、通過した。速度が出ていたせいで、周回して戻ってくるには、少し時間がかかるだろう。
 その少しの時間を、太平洋艦隊の攻撃で引き延ばしてやればいい。
 それくらいは出来る。
「──!」
 しかし。
「今度は、テンペストがオセローに……」
「何だと〜〜〜!」
 激突の影響で、一時的に操舵不能状態になったテンペストが、使徒の代わりにオセローの横腹に衝突していた。


 オセローに衝突したテンペストであるが、それでも必死の操舵で、正面からの衝突を避けようとした。
 使徒に弾かれた勢いで、激突は免れない。
 ならば、少しでもその衝撃を逸らすような形で──
 必死の操舵は、それなりに報われた。
 テンペストは、オセローの横腹に斜めからぶつかるようにして、衝突した。
 努力を放棄していれば、正面から激突していたのだから、これでも上出来だ。
 そのまま、オセロー、テンペストは舷側をこすりあわせるようにして、前後に別れた。
 両艦とも、ぶつけた側は非道いことになってしまっている。特にテンペストは、最初に当たった鼻面ちょい横から舷側までべけべけになってしまっており、どこかふらふらとした挙動で離れていく。最早、戦闘能力は無いだろう。
 そして、ハード以上に非道いことになったのは、中に乗っている人間である。
 大重量物同士の激突。
 固定されていない全てのモノが飛び上がり、棚の上のモノは崩れと、大地震直後のような有様になる。
 勿論、この揺れから、人だけが例外視されたわけではない。
 椅子に座っていた者でも、多くは投げ出され、立っていた者などは更に非道いことになった。
 テンペスト、オセロー両艦の内部には、骨折者が続出、死者すら出た。
 だが。
 だが、オセロー甲板に居たシンジは、平然とした顔でその場に立っていた。
 おまけに、それぞれの腕には、アスカ、ユウキを抱えている。
「アレ、地震でもあったかな?」
 と、その程度にしか感じていないようだ。
「どういう足腰をしているのよ……」
 輸送ヘリの中、とっさに青葉が守ったため、大きな怪我はなく──それでも、内臓に響いたらしく、どこかよれた感じのリツコが呆れ気味に呟く。
「さすがはシンジさんっす!」
 青葉が、感動したように呟いている。
 リツコにしてみれば、こちらも大したモノだ。
 とっさにリツコを庇い、下敷きになってヘリの床にたたきつけられたはずだが、青葉は問題なくぴんぴんしている。多分、リツコを庇わなければ、青葉の方も、あの揺れの中でも平然としていたに違いない。
 他の二人──トウジ、ケンスケは仲良くヘリの床に転がってうめいているのだから、青葉の頑丈さの方も、出鱈目だった。
「そりゃあ、毎日鍛えているからねえ」
 シンジは、にこやかに応じてきた。
「バスや電車に乗るときは、意識して椅子に座らず、吊革にもつかまらず、常に足腰を鍛えるようにしているから。あ、透明椅子なんかもお勧めだよ」
「……」
 リツコは、コメントを避けた。
 そんなことで、そこまで出鱈目な足腰にはなりません。
 とは、言っても詮無いことだと思ったから。

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