#93 弐号機、起動
右腕にユウキ、左腕にアスカと、二人の美少女を抱きしめて、両手に華状態のシンジ。
「助かりました」
そこから、ユウキはするりと抜け出す。
それを受けて、きょとんとした顔をしていたアスカが、初めて自分の状況に気が付いたようだ。
しっかりと、アスカの腰はシンジに抱きしめられている。
か〜っとばかりに血が上り、顔を真っ赤にすると、暴れ始める。
「ちょっと、いつまで抱きしめているのよ! 離しなさいよ!」
シンジは素直に、アスカを解放する。
いきなり放されて僅かにバランスを崩し、それでも踏みとどまったアスカは素早くシンジから距離を取り、視線を鋭くして睨み付ける。
抱きしめられた。
気に入らない。
そして、それ以上に、自分がシンジに助けられたことが気に入らない。
(自称)エースパイロットの自分が、格下のサードチルドレンに助けられた。こんな事は許容できない。
しかし、シンジの方は、アスカの視線を柳に風と受け流す。こなれた表情で、まるで、やんちゃな子供を温かく見守る、そんな感じで。
それが、ますます気に入らない。
「──!」
「それよりも、速いところ、弐号機の機動をお願いします。流石に、また襲いかかられたら、厳しいと思いますし」
何か痛烈な台詞を叩きつけようとするアスカだが、それに先んじて、ユウキが口を開く。
気を逸らされた恰好で、アスカは口を開閉させ、それから、不機嫌に叫ぶ。
「解っているわよ!」
気に入らない。
非道く、気に入らない。
が、ここは、確かに一刻も早く、弐号機を起動するべきだ。
それは分かる。
弐号機を起動しさえすれば、自分は無敵だ。使徒など、けちょんけちょんに出来る。
シンジやこの女は気に入らないが、今は、使徒退治、それをもって良しとするべきだ。自分の優れた才能を、こいつらに見せつけてやる。
アスカは最後に一睨みして、足下に落としてしまったプラグスーツを抱え上げると、格納庫の弐号機に向かってかけだしていた。
見送ったシンジ、ユウキは、ヘリの方へと移動する。
幸いなことに、ヘリは先刻のテンペストとオセローの激突にも、深刻なダメージを受けたりはしていない。問題なく、離陸できるようだ。
「あいたたた」
「カメラが、カメラが〜」
気が付いたらしい、トウジ、ケンスケがなにやら騒いでいるが、それを無視して、二人は青葉の背後に移動する。
「出して下さい」
「了解、ッス!」
元気良く青葉が応じ、ヘリは離陸する。
ユウキは、ぐるりと空を見回し、そこに、いくつもの飛行物体を確認する。元々、準備されていたネルフ、戦自の観測部隊が、使徒発見を受けて展開を開始したのだ。
「本格的に、色々やって来ましたね」
「そうね」
その言葉にリツコは答え、手早く、持ってきていた端末、その他を用意していく。
「行き先は、どうしますか? OTRに戻りますか?」
青葉が、シンジの方を振り向いて尋ねてくる。
「別に、ここでも大丈夫ですよね?」
シンジが、リツコに尋ねる。
リツコは、広げた端末のキーを叩きながら、頷く。
「ええ。これと、通信設備があれば、指揮所の代わりは出来るわ」
手早く、その他の飛行物体──ネルフや戦自の飛ばした観測部隊──や、OTRのブリッジなどと、通信回線を確保しながら、リツコが頷く。
「なら、このままで」
シンジは、リツコの言葉を受けて、指示を出す。
「どうやら、あいつは空を飛べないみたいですから、ここの方がOTRよりも安全でしょう?」
眼下、太平洋艦隊の外周を泳ぐ、白い巨体を見つめながら、シンジは呟いた。
階段の影に隠れ、手早く全ての衣類を脱ぎ捨てる。下着を脱ぎ去るときは、多少躊躇した。何しろ、階段の影。普通、裸になるような場所ではない。おまけに、体の何処彼処に鬱血した場所がある。これを人に見られるようなことは、絶対に許容できない。……無論、只の裸だって、見られる訳にはいかないが。しかし、構造上、プラグスーツを着用するときは、下着の類を付けているわけには行かないのだ。仕方なく覚悟を決めると、一気に裸になる。
それから、プラグスーツを身につけ、手首のスイッチで体にフィットさせる。インターフェイスは、髪飾り代わりに常に着用しているから、これで、EVAへの搭乗準備は完了した。
アスカは、エントリープラグ内にはいると、手慣れた動作で、シンクロをスタートさせる。
これまで、何年もかけて、何回も繰り返してきた手順。今更、戸惑うことも、間違えることもない。
自分は、EVAのエースパイロットだ。
ポッと出の、サードなどとは違う。
「行くわよ、アスカ」
鼓舞するように、呟き、アスカは弐号機を起動させた。
オセローを覆っていたシートが盛り上がり、そこに、赤い人型の巨人が立ち上がった。
シートをまるでマントのように身に纏い、艦隊の外周を回っている異形の存在──使徒を睥睨するように見つめる。
「やっと、動いたか!」
OTRブリッジで、提督が自分の左の手のひらに、右の拳を叩きつける。
「良し、ネルフの連中に繋げ」
餅は餅屋に任せるべきだ。それによって、餅屋以外の自分たちの評価が下がることはない。自分たちには、自分たちに似合いの戦場がある。ここは、いささか勝手が違う。
提督は、素直にそう思えるようになっていた。
これまで、果たしてどれだけの直撃弾を使徒に与えただろうか?
しかし、その全ては、使徒に傷一つ付ける事は出来なかった。
自分たちの無力さに、腹立たしさは感じる。しかし、アレは、自分たちだけの手には余る。
が、何より馬鹿らしいのは、面子にこだわって、要らぬ被害を出すことだ。戦自の二の舞。それくらい馬鹿らしいことはない。既に成す術無く、戦艦一隻を失い、もう一隻、テンペストも戦闘不可能な状態になっている。これ以上の被害は、ご免被る。
「これから、我々は何をすればいい? どうやって反撃する?」
繋がれた通信。
慌ただしく、提督は尋ねる。
だが、だからといって、何もしないで居るつもりはない。自分たちにも、出来ることはあるはずだ。
提督の戦意は、高い。
「さすがは太平洋艦隊。戦意旺盛、練度も高いですねえ」
ユウキが、素直に感心して呟く。
少なくとも、自分たちの思い通りに行かないと、あっさり思考放棄、機能停止に陥った、ネルフとは違う。さすがはプロ。戦いが、常に自分たちの思うように進まないことを、当たり前に承知している。そして、そこで思考停止、機能停止に陥ることが、どれだけ有害であるか。それを、当たり前に理解している。
「アスカさんは、弐号機をOTRへ移動させて下さい。そこに、コンセントが用意されています」
ユウキは、表情を心持ち引き締めると、指示出しを始める。
『……解ったわ』
どうしてユウキが指示を出し、それに従わねばならないのか。
どこか釈然としない声ながらも、アスカが頷く。もっともな指示だったから。そう判断する、理性はある。
OTRは、弐号機起動の間に、しっかりとオセローのそばに寄せている。だから、わざわざ八艘飛びを見せる必要はない。
弐号機は、軽やかな動きで、OTRに飛び移る。
流石のOTRも、EVAの巨体を乗せて、沈み込んだように見えた。それでも、しっかりとEVAの重量を受け止めて見せた。
「バランスを崩さないように、気を付けて下さい」
『解っているわよ!』
背中にアンビリカルケーブルを接続しながら、アスカが応じてくる。どこか、不機嫌だ。なんで、あの女が指示を出すんだ? 命令内容が妥当だと、理性で納得していても、感情が付いてこない。かといって、理性を無視して感情に流されるほど、子供ではない。その辺りの内心が、正直に顔に出ている。
「さて──」
ユウキは、取りあえず弐号機はそれで良しとして、OTR提督と会話を始める。
「提督、使徒のコアは確認されていますか?」
『コア?』
記憶を探るような提督の声。それから、思い出した記憶を確認してくる。
『赤い玉とか言う奴か?』
「はい。そこが、使徒の弱点になります。──逆に言えば、それ以外への攻撃は、ある意味、無意味です」
『うむ、レポートにも書いてあったな。──しかし、出鱈目な敵だ』
ぶつぶつ呟きながら、提督は配下の者に、確認をしたようだ。
そして、首を振りながら、返してくる。
『見つかっていない』
「……とすると、体の中ですか?」
厄介な。
と、ユウキも首を振る。
使徒は、飛んだり跳ねたりもしているから、体の表面は、余すところ無く目撃されている。それで発見されていないとなれば、ユウキの言葉のように、体内としか考えられない。
「──多分、口の中ね」
と、そこへ、リツコが口を挟んでくる。
慌ただしくキーを叩きながら、飛んでいるネルフ、戦自の観測部隊の情報を確認、整理している。
「口の中ですか?」
『口の中かね?』
ユウキの言葉に、提督の言葉が被さる。
提督の方は、いささか困惑気味である。生き物である。それを、知らされている。確かに、生き物に見える。生き物以外には見えない。だが、あんな出鱈目な生き物など、納得できない。そう言う口調だ。
「EVAでこじ開けるしかないわね」
リツコの出したアイデアに、ユウキは僅かに考え、アスカに尋ねた。
「出来ますか?」
『あったり前でしょ! 誰にモノを聞いているのよ!』
帰ってきたのは、自信たっぷりな返答。
しかし、ユウキの表情は、どこか冴えない。
「……どうしたの?」
不審に感じたリツコが尋ねる。
「いえ。これがシンちゃんだったら、任せるんですけど……」
『何よ、あたしがサードに劣るって言うの?』
ユウキの呟きを聞きとがめたらしい、アスカの叫び。
「違うよ。ユウキは、僕のことは知っているけど、アスカとは初めてでしょ? だから、何が出来て、何が出来ないか、それが良く解っていないんだよ」
『はん! あんたの10割増で考えなさい。あたしは、EVAのエースパイロットなのよ!』
景気のいい返答が帰ってくる。
「さすがはアスカ」
シンジは素直に感心したようだが、ユウキとリツコは、顔を見合わせた。
シンちゃんの10割増だったら、デコピン一発で殲滅できそうですけど。
「……シンクロ率だけに限って言えば、アスカはシンジ君の4倍近いわね」
リツコが、声に出さないユウキの言葉を聞き取ったようにして、告げてくる。因みに、シンジのシンクロ率は相変わらず20そこそこを上下しており、アスカの方は、80前後である。これだけを見れば、アスカの方が優れているように見えるが……
「う〜ん。それって、どのくらいの事が出来るんでしょうか?」
ユウキは、首を傾げる。
おそらく、アスカの方は、思考とEVAの行動の間に、シンジほどのタイムラグを感じないであろう。ほぼ、自身の体と同様に、動かすことが可能なはずである。だが、この自身の体と同様という奴がくせ者である。単純に身体能力を比べれば、シンジの方が出鱈目なまでに優れているのだから。
ネルフの秘密主義が、悪い形で出た恰好である。アスカが、シンジのことをまるで知らないように、ユウキ達の方も、アスカのことを余り知らない。一応、一通りのプロフィールその他は用意させているし、田茂地が独自に調べた分もある。とは言え、完璧にはほど遠い。EVEで何が出来、何が出来ないのか。それが、今ひとつ分かっていなかった。
これは大失敗だ。
元々、この場での使徒殲滅を最優先するはずではなかった。あくまで、情報収集メインの予定だった。
少なくとも、OTRに来るまでは。アスカに出会うまでは。弐号機の勝敗など、度外視だったのだ。その為、情報収集にも、いささか熱意が欠けていた。
しかし、今となっては、弐号機で殲滅することを考えなければならない。
全く、大失敗だ。
と、ユウキは軽く唇を噛むが、今更な後悔である。
『おいおい、大丈夫かね?』
このやりとりに不安になったらしい、提督が口を挟んでくる。
「……大丈夫です」
ユウキは悩んでいても仕方がないと、頭を切り換える。指示を出す者の迷いは、有害だ。周りにいるのが気心の知れた者達なので、つい、不安を口に出してしまったが、通信では、他の人間とも繋がっているのである。
自分は、どこか失調しているかも知れない。
そんな思いが頭に浮かぶが、即座に切り捨てる。
今は、そんなことを検証している場合ではない。
「アスカさん、使徒を受け止めることは出来ますか?」
『……受け止める?』
「ええ。アスカさんが使徒を受け止め、その後、使徒の口を開く。そして、コアが露出したところで、そこへ太平洋艦隊の一斉射撃」
視線を宙に飛ばし、顎に指先を当て、思考を纏めるように、ユウキが提案する。
『我々の攻撃が通用するのかね?』
僅かに興奮して、提督が尋ねてくる。
この流れで行けば、とどめを刺すのは自分たちになる。それは、望むところだ。提督の内心は、こんな所だろう。
だが、その前に、攻撃が通用しなければ、どうしようもないのだ。
「弐号機と使徒が接触すればATフィールドは中和されますから、通常攻撃でもダメージを与えることは可能です」
『成る程!』
提督は、最早喜びを隠さなかった。
「──で、アスカさん、出来ますか?」
アスカは、どこか不満そうに見えた。
自分だけの力で、使徒を倒してやりたい。何しろ、自分はエースなのだから、太平洋艦隊の力など借りなくても、単独で使徒を殲滅可能なのだ。
だが、出来るかと問われ、出来ないと答えることは、アスカの矜持が許さなかった。
『あったり前でしょ!』
「わかりました」
アスカの答えを受け、ユウキは、手早く提督と細部を詰めにかかった。
[BACK]
[INDEX]
[NEXT]