3,キンケード・ブランブラの嘲笑
天神橋の袂、築かれた防御陣地から、リーザス軍が撤退を開始する。
退却しながら戦う。これは、一番難易度が高い戦闘だ。元々逃げている、そこに一撃を食らえば、容易く統制は崩壊、全面壊走となってしまう。
いかに、精強を持って知られる大リーザスの4軍とは言え、例外ではない。
しんがりをつとめるリック・アディスンがまた、引く戦いには慣れていない。前へ、前へ。それこそがリックの、そしてその麾下の赤の軍の得意とするところだ。得手たる部分を封じられていては、脅威とはなり得ない。ここが、防御に特化した部隊である青の軍であれば、たとえ敗走であるとしても、油断がならないところである。しかし、青の軍はこの戦い以前に崩壊している。
だから、キンケード・ブランブラは焦ることなく、追撃戦を指示した。
もしかしたら、敵にはその追撃を凌ぐ為の作戦があるかも知れない。
いや、あると判断するべきだろう。
何しろ、総大将は知将として大陸に名高い白の軍、将軍、エクス・バンケットである。用意していないと思う方が難しい。
だが、キンケードは気にしていなかった。
「敵軍の進路は、長崎城に向かっています」
伝令の報告を受け、キンケードは小さく頷いた。
「長崎城で、籠城戦ですか?」
キンケードの予想の範囲内である。と言うより、他に手がない状況である。
「援軍の当てのない籠城戦。──どうやら、大陸一番の知将の知恵も、もはや枯れ果てたと見える」
嘲るような嗤いが、キンケードの顔に浮かぶ。
勝利は近い、そう確信する。
既に、いくつかのJAPAN土着の勢力から、神聖リーザス側に味方するとの書状が届いている。
唾棄すべき日和見?
そんな思いは、キンケードにはない。勝ち組に付く。これは、至極当然の行動である。誰しも、負けたくはない。勝利したい。自身で勝利できないならば、せめて、勝った組に味方し、その恩恵に携わりたい。勝利の分け前を得たい。それが、普通の人間である。無私の忠誠、そんなモノを当てにする方が、虫が良すぎる。人は易きに流れるもの、ならば、それを承知して、自分の方に流れるようにする。それこそが、冴えたやり方だ。
その結果、単純に味方が増えることは好ましい。敵の敵は味方。これも、単純な図式だ。元々、リーザスの力を背景にJAPAN総督の地位を継ぐ事となった山本家に反感を持っていた者は多い。JAPAN土着の周囲の者にしてみれば、山本家などは、色気を使って王を誑かしたとしか見えない。自分の力で、その地位を得たわけではない。公平に見て、山本五十六のランス王による世界統一戦争における武勲は優れたモノであるが、そんなことはこの際度外視された。ランス王の寵愛を得て、山本家をJAPANの支配者とした。虎の威を借る女狐。それが、周囲の目。
これまでも、中立とは名ばかりの様子見に終始する者ばかりの状況、少なくとも、キンケードの、神聖リーザスの敵ではなかった。しかし、ここに至り、きっぱりとJAPANの土着の勢力が味方に付いた。これは大きい。主戦兵力として使用できなくとも、相手の行動の自由を縛ることにも繋がる。
嘲った、とは言え、キンケードにとって、エクスは恐ろしい相手である。まともに相手をすれば、足をすくわれるかも知れない。もし、互角の兵力で戦うことになったら、勝ち目はない。素直にそう思う。
エクスだけではない。4軍の誰一人をとっても、まともに戦えば、キンケードに勝ち目はない。
元々、うだつの上がらない青の軍、万年副将。それが、キンケードに下されていた評価だった。自身、それで良しとしてきた。自分の才覚は公平に見て、4軍の将、誰にも敵わない。素直にそう判断する。リック・アディスンのような個人、及び部隊指揮の上での超絶的な攻撃力、突破力はなく、エクス・バンケットのような知謀に長けているわけでもない。バレス・プロヴァンスには、勝てる分野を見つけることの方が難しい。唯一、経験を積み、それなりに自信を持っている防御戦にしても、青の将、コルドバ・バーンのような天才的とも言える才覚を持っているわけではない。それが、自分、キンケード・ブランブラだ。
しかし、だから、それがなんだというのだ、そう言う思いもある。その事を理解しているからこそ、キンケードは、互角の兵力で正面から戦ったりしなかった。キンケードは己を知り、そして、敵も知っていた。それは、重要なこと。そして、現在、キンケードは勝ちつつある。
間もなく、本当に勝利できるだろう。
卑怯者の所行、そう評価するものもいる。しかし、それがなんだというのだ。
敗者は全てを失い、勝者は全てを得る。そうした戦いにおいて、正々堂々等という言葉は、きれい事に過ぎない。勝てば官軍の言葉もある。泥にまみれても、勝利する、それこそが重要だ。歴史は、勝利者の観点で語られるのだから。
だいたい、キンケードに言わせれば、リーザス軍は馬鹿正直すぎるのだ。知将と呼ばれるエクスにしても、この傾向から逃れられない。かつて、ランス王に破れた反乱にしても、もう少し、泥臭い戦い方をすれば良かったのだ。わざわざ、正面からぶつかって敗北。本人は、騎士の何タラと満足したかも知れないが、それは、キンケードにとっては笑止である。
美しい敗北?
馬鹿らしい限りだ。
戦というモノは、勝ってこそなんぼなのである。
今回の戦いに、キンケードが手本としたのは、ランス王だ。
ランス王にとって、戦いは、あくまで欲しいものを得るための手段に過ぎない。もっとも、あの殺伐として、混乱好きのランス王の場合、戦い自体を望む場合もあるが。
ランス王には、手段である戦いのやり方に正邪の判別はない。必要とあれば、どんな卑怯な真似もする。効率的であれば、正邪の判断などは棚上げする。良い例が、ヘルマン西部を占領する際に使った「非道い鬼畜な作戦」である。また、平気で横紙破りもする。こちらは、リーザス解放戦争の際の「ゴールデンランス作戦」。降伏すると見せかけ、兵士入りの贈り物をする。要所に陣取る敵を、内側から撃破する画期的とも言えるインナーオペレーション、トロイの木馬。その卓絶した行動力、想像力、発想──こちらは、敵対する気にすらなれない。4軍の将とは違った意味で、勝てない、勝てるわけがないと思ってしまう。
また、部下の質が違いすぎる。
向こうには、そうそうたる将兵が揃っているのに対して、キンケードの側の人材は乏しい。
せいぜい、有能と評価できる人間は、神聖リーザス白の将である、レリューコフ・バーコフくらい。青の将、加藤疾風などは、人数あわせ、それ以上ではない。
他に、有能な人間と言えば、軍師として採用した篠田源五郎くらいである。
しかし、レリューコフ、篠田とも、主力として使うことは出来ない。どうにも、その配下が少なすぎるのだ。
このあたり、神聖リーザスの国母となる、ラファリア・ムスカの人望の無さだろう。
ラファリア・ムスカは、ランス王の建設した女子士官学校──別名、ハーレム人員養成所の卒業生である。その第一期生で、天才の名を恣にしていた。
作戦立案に関して才能を有し、女性でありながら将来は白の将となるのではないか、そう目されるまでの優秀さを示していた。
しかし、ラファリアの栄光は、長くは続かなかった。
第二期生として入学してきたアールコート・マリウスが、ラファリアに向けられていた賞賛の視線を、奪い尽くしたのだ。
キンケードの見るところ、アールコートはまさしく天才である。人格的な安定、及び大局的な視点に欠けるものの、戦場における作戦立案能力は群を抜いている。性格的に難があるため、大成はしないだろうと言う見方もあったが、ランス王の寵愛を受けるようになって以来、変わらず気弱ながらもある程度の落ち着きを得、いくつかの勝利に貢献してきた。
ラファリアにとって、このアールコートこそが目の上のたんこぶ。まっさらに舗装されていたはずの、未来の栄光への続く道に転がった石ころだった。そして、まさしくラファリアは、この石ころに躓いてしまったのだ。
御前試合での敗北。それも、卑怯な手段を使ってまで貪欲に勝利を目指したというのに、完膚無きまでの敗北。
結果、士官で先を越される。
遅れてラファリアが士官したときには、既にアールコートはリーザス軍内に、自分の場所を作り上げていた。
ランス王の寵愛、それでも、ラファリアは敗北した。
こちらは、アールコートに先んじた。自らの美しさも一つの武器である。そう考えるラファリアは、出世の糸口を掴むためとあれば、ランス王に身を任せることに躊躇いを感じない。逆に、積極的にランス王の寵愛を求めた。しかし、その貪欲さが鼻につくようになったのか、次第、ランス王はラファリアから離れていった。
ラファリアは、そこで更に躍起になる。
自らの才能。それに、強烈なまでの自信を持つラファリアである。その自信は、過剰すぎた。
自分を信じるあまり、他人が馬鹿に見えた。能力のない者がのうのうとしている。それが、我慢できなかった。
孤児院や、養老院を取りつぶす。
本来、ラファリアの任務ではないこと。そうした行為に、ラファリアは走った。
人の厚意に甘え、自らを高めようとしない。不要な人材。ラファリアには、そう見えた。
しかし、これは間違いなく越権行為だった。更に言えば、こうした行為は、人道的と自らを表する人間に顔をしかめさせる所行だった。
叱責、訓戒。
ここで自省していれば良かったのかも知れない。ラファリアに高い能力があったことは疑いようがないのだから、いずれ順当に出世して行けたはずだった。
しかし、ラファリアは、逆に意固地になってしまった。
自身の才能を認めようとしない周囲の者に、憎悪に近い感情を抱いた。
そして、ラファリアの執った手段は、ランス王に取り入り、自身を認めようとしない上司達の頭越しに自分を認めさせる。そうした方法だった。
ランス王の性格を考えれば、それは充分に勝算があること、そうラファリアは考えていた。
ランス王と言えば、女好きで知られる。男に対するよりも、女──それも、若くて綺麗な──に対する態度の方が、間違いようもなく甘い。
ラファリアは、若くて綺麗な女だった。
しかし──
ランス王は、女好きだが、それだけで重要事を決定するほど、甘くもなかったのだ。
女好き、それは、確かにランス王の一面である。
しかし、それを見越して、娘をランス王に差し出してお家取りつぶしにあった人間が、どれほどの数のにぼるか。勿論、娘はランス王のモノになるが、その恩恵を家族までが得られるか、と言われれば、首を傾げるところである。例えば、ランス王のタオル係になったリリーナと、その父親について等、そうした例はいくらでも存在する。
ラファリアの試みも、結局、この例に倣った。
自身が若くて美しい女と言うこともあり、娘を差し出して保身を計った人間の様な事にはならなかったが、それが、ランス王の示した最大限のラファリアに対する譲歩だった。
逆に、心からランス王を慕ったアールコートの方が、寵愛を受け、この方面でもラファリアは敗北した。
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