軍部で孤立し、ランス王の寵愛も薄れたラファリアであるが、それでも更迭されることはなかった。
なんのかので、ラファリアはランス王にとって「俺様の女」であり、そうである以上、そう非道いことはされない。このあたり、矢張りランス王は女性には甘いと言うことだろう。これが、辣腕を持って知られる影の宰相、マリス・アマリリスであれば、ラファリアを切ることを躊躇わなかったに違いない。事実、マリスはランス王に、幾度と無く、ラファリアの行き過ぎ、やり過ぎを伝え、降格、もしくは更迭を示唆していた。
これ以上の出世は難しい。しかし、現在の地位は、確保できるだろう。
それが、ラファリアの状況だった。
が、それは、一夜にして一変する。
ルドラサウム戦役終了直後の、ランス王の失踪である。
寵愛が薄れていたとは言え、ランス王はラファリアの唯一の後ろ盾であった。その後ろ盾が、失われる。
リーザスの支配者は、この時点でリア王妃となる。しかし、現実、リーザスの支配者は、マリス・アマリリスである。
ここにいたり、ようやくラファリアは自分の足下に空いた、大きな陥穽に気付く。気付かざる得なかった。
焦りを感じたラファリアは、猛烈な行動を開始する。
ここは、自分の立場を悟り、越権行為を自粛し、任務を忠実にこなす。それが、一番正しいやり方だっただろう。一時期は、忍従を強いられるかも知れない。しかし、将来を見据えるならば、一度自分自身を見つめ直し、改める場所は改めるべきであった。そうすれば、確かに高い能力を所持しているラファリアである。自然、それにふさわしい地位に昇ることが可能となったであろう。
しかし、強烈な上昇志向を持つラファリアである。そんな、迂遠な方法を選ぶことは出来なかった。否、彼女一人であれば、ここまで強烈な思いを抱くまでは行かなかったも知れない。だが、彼女の前には、アールコートがいた。伸ばしたラファリアの指先に、その背中は届かない。それが、我慢できなかった。
「勝利の女神」等という二つ名まで与えられ、リーザス軍部になくてはならない存在となっているアールコート。
対して、自分は?
ここで、止まる。それは、ラファリアにとって敗北を意味した。そして、絶対に許容できなかった。
ラファリアは、自らを省みることなく、行動する。
その行動も、裏目に出る。
ラファリアのとった行動、それは、ランス王に変わる後ろ盾を得ようとすることだった。
協力の手みやげとして用意したのは、自らの体。ラファリアがもう少し冷静であったならば、ランス王不在のリーザス上層部に対して、こうした方法が通用するとは思えないことを理解し、他の方法を選んだであろう。このあたり、ラファリアの余裕の無さ、いかに追いつめられていたかが伺えた。
リーザスの軍部のトップ。それは、黒白赤青の4軍の将軍である。その中でも、黒の将、バレス・プロヴァンスが代表格、総大将である。しかし、バレスはその当時、半ば隠居状態であった。隠居と言えども、影響力があれば、ラファリアの目当てとなるところであるが、残念ながら、バレスには、ぼけ疑惑が浮上していた。これでは、いかに黒の軍の将軍をつとめた人物とは言え、周囲への影響力を期待できない。
ランス王、失踪の直後から、めっきり老け込んだかに見えたバレスである。それでも、仕事の方は問題なくこなしていた。しかし、いきなりバレスは行方不明となる。そして、しばらく後に、リーザス城下で、すててこにランニングシャツ、手には団扇という格好で発見される。更に、「ワシはキングと共に、モンスター島で冒険をしてきた」等と、意味不明の言葉を口走る始末。大陸に、モンスター島などと言う場所は存在しない。どうやら、ランス王の失踪後、急速にぼけが進んだらしい。そう周りに判断され、本人は否定するモノの、誰もまともに相手をせず、その反応がバレスをますます老け込ませた。そのままバレスは引退願いを出すと、リーザス城の中庭で、日がな一日、ぼんやりひなたぼっこをしていることが多くなった。
他の将軍に目標を変えたラファリアであるが、こちらも、上手くいかなかった。
白の将軍エクス・バンケットは、今も尚、亡き妻を愛している。
青の将軍コルドバ・バーンは、妻を愛している。
赤の将軍リック・アディスンは、新婚であり、既に妻の尻に敷かれている。
また、3人が3人とも、モラルには厳しい人間である。
それぞれの、それぞれらしい言葉で、ラファリアのやり方が間違っていることを指摘されるに終わった。
皆、ラファリアの能力を惜しんでいた。今は、頭に血が上って冷静さを欠いているとはいえ、ラファリアの能力が高いことを、将軍達はきちんと理解していた。問題は、越権行為やら、出世願望が強すぎることである。今は、地道に任務をこなすとき。そうすれば、ラファリアはいずれ、自らの能力にふさわしい地位に至ることが可能であろう。そう、諭した。
しかし、ラファリアが欲しかったのは、そんな答えではなかった。また、言われて、改めるくらいならば、これ以前に改めているだろう。
4将が駄目ならば──そう考えたラファリアが白羽の矢を立てたのが、キンケードだった。
このあたり、致命的なまでに、ラファリアは血迷っていた。
キンケード自身、自分の所へ尋ねてきて、後ろ盾となって欲しいと懇願するラファリアを見たとき、そう思った。
キンケードは、ある意味、4将よりも冷酷である。
こりゃ、駄目だ。
正直に、そう思った。
キンケードは、自分が後ろ盾になれるほどの影響力があるとは思っていない。自分は、リーザス軍に於いて、それなりの地位にいる。だが、あくまで「それなりの」である。キンケードが後ろ盾になったとしても、殆ど、役には立たないだろう。同時に、キンケードに役に立とうという意志もない。
このころのキンケードは、出世も望んでいない代わりに、現在の位置から滑り落ちる事も望んでいなかった。現状維持。それが、一番。その為には、波風が怒りそうなことには、関わるべきではない。それが、キンケードの処世術。
しかし、キンケードは、将軍達とは違った。
やらせてくれるならば、ありがたくやらせて貰おう。
そう思うあたりである。
やってしまえば、こちらのモノ。後は、言を左右して、適当にあしらっておけばいい。キンケードからすれば、ラファリアのような小娘一人あしらうくらい、余裕に思えた。据え膳喰わねば、男の恥、とまでは言わないが、ラファリアは確かに美しい。やらせてくれると言うのに断るのは、非常に勿体ないことであることは確かだ。幸い、怖いランス王も不在だ。
キンケードは、気楽に考え、ラファリアを自室に招き入れた。
深入りするつもりはない。
そのつもりだった。
しかし、キンケードにも、誤算が生じてしまった。
若い、ラファリアの体。
それに、キンケードは溺れてしまったのだ。
意外なことに、ラファリアの方も、キンケードを悪く思わなかったようである。
こちらは、追いつめられていた。そこで、さしのべられた手が、キンケードのモノだった。だから、それに縋った。言葉にすれば、そう言うことだろう。
キンケードは、最初、適当にあしらうつもりだった。とは言え、否、だからこそラファリアの言葉に合わせ、その主張に頷いて見せた。頷くだけならば無料である。リップサービスくらいならば、容易いこと。気分良く、やらせて貰おう。そう言う、実のない態度であった。しかし、そうした心ない反応ですら、ラファリアは飢えていた。また、いかに優秀とは言え、ラファリアは、まだ少女と言っていい年齢。キンケードの世間知の方が勝っていた。まさしく、赤子の手をひねるが如く、ラファリアはキンケードに言いくるめられた。
他の将軍達は、正論をいって、ラファリアを追い払った。ラファリアの求めていたのは、そんなモノではなかった。
ラファリアは、優秀だ。
そう、褒め称えて貰うことを、ラファリアは望んでいたのだ。
口先だけとは言え、キンケードの反応は、まさしく、ラファリアの望んでいて、得られなかった物だったのだ。自分を理解してくれる。喜びを感じながら、ラファリアはキンケードに身を任せた。
二人の、密会は続いた。
ランス王不在とは言え、それでも、キンケードにはランス王は怖い。
ラファリアも、キンケードの、周囲には秘密にしようと言う言葉に、素直に頷いていた。
誰にも知られず、しかし、甘い、蜜月。
これは、ラファリアにとって、良い方に作用した。
追いつめられ、周囲を全て敵として見ていたきつさが消え、ある程度の落ち着きを取り戻してきたのだ。
落ち着きを取り戻せば、元々、優秀なラファリアである。このまま、問題は解決した。そう見えた。
しかし──
リア王妃、殺害。
この事件が、流れを変えた。
いつものように、キンケードとの情事を終えたラファリアは、自らのお腹を優しく撫でながら、キンケードに告げた。
「子供ができました」
そのラファリアの瞳は、このところ消えていた、ぎらぎらとした、飢えの輝きがあった。
絶句するキンケード。しかし、直ぐに祝いの言葉を口にしていた。自分の子。生涯、独身で通すつもりだった。しかし、ラファリアとなら。そう考えた。そこまで、キンケードはラファリアに傾倒してしまっていた。ランス王は怖い。しかし、非常ではない。降嫁された者だっている。何とかなるだろう。キンケードはそう考えた。
しかし、ラファリアは、首を振って、告げた。
「これは、ランス王の子です」
と。
自分が、ランス王の寵姫であったことは間違いないこと。初産では、一月や二月程度のずれは、珍しくないだろう、とのこと。
つまり、お腹の子供を、ランス王との間の子であると、詐称しようと言うのだ。
今度こそ、蒼白になるキンケード。
つまり、お腹の子、キンケードの子を、ランス王の子として偽り、発表しようと言うのだ。確かに、ランス王の失踪から逆算して、ぎりぎり、誤差と言って言い抜けられるだけの時差しかない。
また、ランス王の子を身ごもったとなれば、ラファリアの地位は確保される。
ランス王は不在。幸いと言っては難があるが、リア王妃が殺害された。リーザスの、至高の座の主は不在となる。そこに、ラファリアの子が付くことが出来れば、ラファリアは国母である。その地位は、ライバル視しているアールコートなど、問題にならないほど強化されるだろう。
しかし、それは大罪だった。露見すれば、間違いなく、命はない。
小さな悪事には抵抗感のないキンケードだが、ラファリアのやろうとしていることは、自分の手に余る。正直に、そう告げた。そして、思い直すように説得をした。
だが、ラファリアの決意は変わらなかった。
落ち着いたに見えた。
しかし、本質の部分では、ラファリアは全く変わっていなかった。キンケードがそれに気が付いた時には、既に手遅れだった。
当然の如く、キンケードに協力を要求するラファリア。
勝算がある、そう告げて、ラファリアはキンケードを説得する。これまた幸いなことに、一番の障害になりそうな人間、マリスはリア王妃殺害以後、アルコールに耽溺しており、障害とはなり得ない事。本来、最大の後継者候補となるべき、山本二十一は、ランス王によって、リーザス王位を継ぐ資格がないことを明言されている。リセット・カラーは、種族的に、王たり得ない。その他の候補は、リア王妃の地歩を固めようとしたマリスの手によって、既に排除されている。
他にも、感情に訴える泣き落とし。こちらの方が、その時のキンケードには効いたかも知れない。
キンケードは最後には、それに頷いていた。
もはや、ラファリア無しの生活は、キンケードには考えられないことだったのだ。
それでも、キンケードは最後に尋ねていた。
ラファリアが、リア王妃殺害に、関与しているか、否かを。
ラファリアは、婉然と微笑み、何も応えなかった。
どちらにしろ、キンケードの背後には、道はなかった。ただ、ラファリアと共に、前に進む。それだけしか、残されていなかった。
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