ラファリアが、ランス王の子どもを懐妊していた。
 大々的に発表されると、後継者争いは、俄然、慌ただしさを増した。
 文句はある。しかし、対抗馬無く、二十一が至高の座を継ぐと思われていた。しかし、貴族を中心とした人間は、これ幸いとばかりにラファリアの子供を推した。
 ランス王、そしてマリスの手により、既得権を削られ、力を殺がれていた貴族達である。血縁を至上のモノとして捉える貴族達。他に誇るモノがないのであるから、それは至極、自然な流れかも知れない。しかし、ランス王は血ではなく、能力を至上としていた。貴族達の言を借りるならば、「何処の馬の骨ともわからない」ランス王である。血より能力を重要視するのは、当然な事である。
 しかし、ランス王はおらず、調停役として、誰も比肩することのない手腕を発揮することが可能なマリスは使い物にならず、ラファリアとその子を推す貴族達と、二十一を支持する軍部との対立は、深刻さを増す。
 戦闘能力、と言うことでは、軍部の方が当然勝る。しかし、軍部の首脳部は、力に物を言わせて主張を押し通すことを忌避した。特に、バレスが半ば隠居状態の現在、軍部の代表はエクス・バンケットである。エクスは、ランス王の即位に際して、武力による反乱を企て、敗北したという過去がある。その為、余計に武力に物を言わせることに躊躇いを感じていた。
 二十一と、ラファリアの子供。
 どちらを後継者とするか。
 二十一派、ラファリア派共に、自らの推す候補者こそがふさわしいと主張する。その両者の主張に、妥協はなかった。両者の話し合いは、決定打のないままに、平行線をたどる。どちらの意見も一長一短であり、強硬手段を執らない限り、どちらとも決まらない。二十一は、リア王妃の立場を守るため、リーザスの王になることは出来ないと明言されていた。ラファリアの子は、未だ生まれてすらいない。その上、果たして本当にランス王の子か、そんな疑惑もあった。両者とも、自分あげる候補の正当性を口にし、相手の候補者の問題点を声高に指摘する。そんな状況が続く。
 未だ、このとき二十一派──軍部には余裕があった。最悪、武力行使──エクスがいくら躊躇いを感じているとは言え、そうした最終手段は、軍部の手の内にある。どう考えても、力を削られてきた貴族連中には、その力はない。ラファリアは軍部の人間であるが、残念なことにその主張の過激さ──無能者を切り捨てる──から、支持は低く、白黒赤青の大々的な支持を得ている二十一派に、対抗することは出来ない。そう思われていた。
 また、当時、軍部には、後継者争いばかりに集中できない事情もあった。
 AL教団信徒兵の反乱。
 毎週のように、リーザス各地で頻発する宗教反乱。この鎮圧に、力の大部分を割く必要があった。
 これにより、軍部の代表、エクスは非道く消耗していた。
 戦場においては、大陸一の知将と呼ばれるエクス。他に、リーザス4軍の精強さは、他に比べる物もない。AL教団信徒兵など、まともに戦えば、敵ではない。しかし、今日は東へ、明日は西へ。繰り返される、反乱の勃発と、その鎮圧。それは、彼らを疲弊させていく。
 また、エクスには、軍事行動以外でも仕事が出来ていた。
 マリス・アマリリスは、リア王妃暗殺事件以来、一切、国政に関与せず、酒に溺れる日々を過ごしている。誰が何と言おうとも、マリス・アマリリスはイコールで、リーザス政府と結ばれていた。そのマリス不在。それは、リーザスの国政を滞らせた。あまりに巨大すぎる存在、マリス。その為、その配下は上位下達式のやり方に、慣れていた。慣れすぎていた。その上が、いない。自分で判断して、行動する。そうしたことが出来ないまでに、リーザスの文官は堕落していた。前例を持ち出して案件を無難に処理しようとするモノの、それは、まさしく「お役所仕事」と陰口をきかれるレベルにまで堕していた。
 マリスの代わり、それを求めることは不可能。しかし、何とかせねばならない。そう考えたエクスは、軍部の取りまとめの他に、国政にも関わることとなった。
 そして、その前途に絶望に似た感覚を抱いた。
 ただでさえ、反乱の繰り返しにより、リーザスの国力は疲弊している。それを鎮圧に向かう軍隊も、金食い虫である。軍隊は、何も生み出さない。破壊のための存在である。その存在が、常時稼働状態。
「マリス様は、もしかしたら錬金術を心得ていたのではないか」
 エクスは、天を仰いで呟いたという。
 ランス王の統一戦争。
 繰り返される戦争。
 その間、マリスは一度たりとも、リーザスの国庫を破綻させなかった。通常、長引く戦争は、国庫を痛めつける。長引く戦争が、その国の崩壊を招く、それは珍しいことではない。しかし、マリスは、ルドラサウムとの最終決戦直前まで、リーザスの財政を健全なままに保った。とてもではないが、常人にそれは不可能だっただろう。
 リーザスの大陸統一。
 それに、勿論ランス王の存在は、不可欠だっただろう。ランス王の行動力、それがあって初めて、リーザス軍は大陸を統一した。
 しかし、同時に、マリス・アマリリスの存在も、不可欠な物だったのだ。例えば、エクスを初めとして、綺羅、星の如く存在するリーザスの勇将、名将。しかし、自分たちの内の誰かが一人くらい欠けたとしても、ランス王の大陸統一には、問題がなかったかも知れない。しかし、マリスだけは違った。マリスが存在しなければ、リーザスの国庫は大陸統一を待たずして破綻していただろう。まさしく、エクスの感想のように、マリスは石ころを金に変える錬金術を心得ていたとしか思えない。マリス・アマリリスとは、それほどの際だった内政手腕の持ち主だった。
 国庫を圧迫する、軍隊。
 しかし、反乱を鎮圧しないわけには行かない。国のメンツ。それもあるが、それ以上に、反乱は物流を阻害する。物流を阻害されれば、経済活動に難が出る。そうなれば、結局の所、国庫を圧迫することになる。選択の余地無く、鎮圧するしかないのだ。
 そんな、エクスが胃の痛むような日々を過ごしている中で、ラファリアは決定的な手段を選ぶ。
 AL教団との共闘である。
 これをコーディネイトした存在を、キンケードは知らない。
 AL教団にとって、最大の教敵はランス王である。そして、リーザス政府。
 そのAL教団との共闘。まともに考えれば、手を結べる相手ではない。しかし、一日、キンケードは満面に笑みを浮かべたラファリアから、AL教団幹部、ベグトランと、そのテンプルナイト将軍、ガーウィン・トローフを紹介される。
 AL教団との共闘。それは、禁じ手とも言える事だった。
 リア王妃殺害犯は、即座に自殺しているため、背後関係が解明されているわけではない。しかし、AL教団はその黒幕の第一候補。証拠こそ無い物の、いわば、黒に限りなく近い灰色の存在である。そうでなくとも、反リーザス、反乱を繰り返している存在である。それと手を結ぶ。誰も、考えも付かない事柄だった。選択枝に、初手から現れない物だった。
 キンケードは、そのラファリアの提案に、当初は反対した。
 これでは、誰の支持も得られない。それは明らかだった。
 しかし、ラファリアは強硬だった。
 キンケードの同意を待たずして、AL教団との連携を発表。同時に、城下に秘かに集めておいたAL教団信徒兵をリーザス城になだれ込ませる。
 完全に、エクスたち二十一派は不意を付かれた格好になる。
 AL教団と手を結ぶ。そんなことは、想像すらしていなかった。その為、抵抗らしい抵抗もできないままに、リーザス城はラファリア、及びAL教団によって占拠される。堅城と言えるリーザス城であるが、不意を付かれれば、ひとたまりもない。これは、以前のヘルマン、パットン王子の進駐と同様の展開である。
 ここに至れば、キンケードも心を決めるしかない。
 ラファリアを仁義破りとして切り捨てられるか、と問われれば否である。キンケードの運命は、ラファリアと共にある。これまでも、これからも。ならば、その行為を肯定して、次の手段を考えなければならない。
 心を決めれば、確かに、ラファリアの選んだ手段は、膠着した状況を打破出来たこともわかる。ならば、躊躇わずに次の手段である。
 ラファリアの考えた、次の手段。それは、非常にシンプルだった。
 AL教団を味方として、膨れ上がったラファリア派の兵力。それを集めて、真正面から反対派を押しつぶす。これである。
 今回も、キンケードは待ったをかけた。
 ラファリアは、自分の天才的な指揮運営で、リーザス4軍を叩きつぶすことなど容易である。そう考えている。
 しかし、キンケードはとてもそうは思えない。
 確かに、ラファリアの能力は高い。それは認める。認めるが、4軍を敵に回し、正面から戦って勝利できるか、そう問われれば、首を振らざる得ない。キンケードの視点は、現実的である。ラファリアのように、自らの実力に過剰な思いこみを抱くことはない。
 キンケードは、必死でラファリアを説得した。
 ラファリアの能力では無理だ。それが、正直なキンケードの思いであるが、それを言っては説得にならない。間違いなくラファリアは頭に血を上らせて、ますます自らの意見を譲らなくなることは請け合いである。
 その為、キンケードは他の問題点をあげて、ラファリアを説得することとした。
 ラファリアの能力は疑うべき部分はない。まともに、同レベルの兵力を率いて戦うのであれば、勝利は疑いようもない。そうおだて上げ、ラファリアを上機嫌にさせてから、問題点を指摘する。
 ラファリアの配下となったAL教団信徒兵の質についてである。
 この間までは、戦争にはまるで関わりのなかった者達である。当たり前の話であるが、専門的な訓練を積んでいるリーザス正規兵に比べれば、その能力は劣る。集団的な行動すらままならないような連中である。
 ラファリアが、いくら画期的で優れた作戦を立案しようとも、それに応える能力が、AL教団兵にはない。
 そう言う具合に、キンケードは正面から、正々堂々とぶつかることに関しての問題を指摘した。
 これは、ラファリアも素直に頷いた。
 自分の優れた作戦を、能力の足りない部下のせいで台無しにされる。それは、ラファリアにとっては、非常に面白くないことである。常日頃から、使えない部下に関しての文句を抱き続けてきたラファリアにとって、この、キンケードの説得は受け入れやすかった。自分の優れた作戦立案、戦闘指揮を台無しにされる。それは、芸術の冒涜に等しい。
 ラファリアの説得はなった。しかし、キンケードはここで、めでたしめでたしとするわけには行かなかった。

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